ジャーナル
未来予測ではなく「未来をつくる」チャレンジ。
運営と空間が“奇跡的”に一体化した新たな場ができるまで。
渋谷駅周辺の大規模再開発プロジェクトの一つとして生まれ、2022年の今年、開業から5周年を迎える渋谷キャスト。大型複合施設でありながら、クリエイターの日常とともにあり、新たなチャレンジが生まれる稀有な場所として、ユニークな個性の輝きを放ち続けています。
その理由の一つは、この施設の開発に多くのクリエイターが関わり、企画段階からそれぞれの能力を発揮したこと。連載企画「往来古今 フゾロイなクリエイティブ論」では、 渋谷キャストの設計やデザインに関わったクリエイター陣に、開業前後から現在、未来を語っていただき、それぞれの視点から渋谷キャストや渋谷の街の可能性を探ります。
第4回目となる今回は、13階にあるコレクティブフロアのデザインを手がけた建築家の猪熊純さん、成瀬友梨さん(成瀬・猪熊建築設計事務所)がゲストです。19の住戸と共用部からなるコレクティブフロアでは、「家族のあり方」をめぐる社会実験に取り組むクリエイターのコミュニティ「Cift」のメンバーが共同生活を送っています。
渋谷キャストの中でも、特にオリジナリティの高い場所と評価されるこのフロアは、どのようなプロセスでつくられたのでしょうか。渋谷キャスト全体のディレクションやクリエイターのキャスティングを担当した田中陽明さん(春蒔プロジェクト株式会社)をナビゲーターに迎え、お話を聞きました。
【プロフィール】
猪熊純さん / 成瀬・猪熊建築設計事務所、一級建築士、芝浦工業大学准教授
1977年神奈川県生まれ。2004年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。同年より2006年まで千葉学建築計画事務所勤務の後、2007年に成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。2021年より芝浦工業大学准教授を務める。
成瀬友梨さん / 成瀬・猪熊建築設計事務所代表取締役、一級建築士
1979年愛知県生まれ。2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程単位取得退学の後、同年、成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。2010年より2017年まで東京大学で助教を務める。
【成瀬・猪熊建築設計事務所】
建築はもとより、プロダクトからランドスケープ、まちづくりまで、さまざまなデザインを行う。近年では、場所のシェアの研究を行い、新しい運営と一体的に空間をつくることを実践。イノベーションオフィス、シェアハウス、コミュニティカフェ、ホテル、国立公園のビジターセンタなどを設計中の他、新しいオフィス家具のディレクションなども行なっている。
田中陽明 / 春蒔プロジェクト株式会社代表取締役、co-lab企画運営代表、クリエイティブ・ディレクター
2003年にクリエイター専用のシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab」を始動し、2005年春蒔プロジェクト株式会社を設立。
国内外を問わず、クリエイター向けシェアオフィスにおける草分け的な存在。渋谷キャストには構想段階から参画し、施設全体のデザインディレクションを手がけるなど設立の中心的役割を担い、開業後の施設運営にも深く関わっている。
PHOTOGRAPHS BY Yuka IKENOYA(YUKAI)
TEXT BY Atsumi Nakazato
「不揃いの調和」から生まれた、まちづくりのような空気感
ーーまずは、猪熊さん、成瀬さんが渋谷キャストに関わることになったきっかけを教えてください。
田中:渋谷キャストは、もともと東京都が主催する宮下町アパート跡地の再開発事業から生まれたものです。僕は東急さんにお声がけいただき、この事業にコンペの段階から関わり、施設全体のコンセプトメイクや企画案づくりのお手伝いをしていました。その中で、東急さんから「複合施設の上階につくる賃貸住宅の一部をクリエイター向けのシェア空間にしたい」という要望があったんです。
当時からお二人はシェアをテーマに活動されていて、共通のテーマを探求する立場として気になる存在ではあったんですが、2011年5月にデザイナーの原研哉さんが中心になって立ち上げた「HOUSEVISION」の研究会で僕が登壇する機会があり、そこに猪熊さんも登壇されていて。お二人のシェアに関する活動を詳しくお聞きして、これはぜひお願いしたいなと思い、その場で「相談させてもらいたいことがあるんですけど」と声をかけたのが最初だったと記憶しています。
猪熊:もう10年以上前のことですね。当時はシェアというテーマを好きで研究していたものの、シェアに関する建築物の実績はほとんどない状況でした。一方、田中さんは、当時すでにco-labの拠点をいくつも運営されていて、シェアオフィスのパイオニアとして知られる存在だったので、お声がけいただいたものの、駆け出しの僕たちでいいんだろうか、という緊張しかなかったです。
田中:とんでもない。
猪熊:今振り返ると、ほんとにありがたいお声がけだったなと思います。それで、コンペのプレゼン資料の作成からお手伝いするようになったんですよね。
田中:そうでしたね。渋谷キャストの設計プロセスでは、さまざまな建築家やデザイナーに入ってもらい、お互いに影響を与えながら練り上げていく集合知を用いた手法で進めていったので、打ち合わせの数も通常の設計プロセスではあり得ないほど多くて。でも、各パートの途中経過をお互いに見せ合いながら進めたことで、空間の各要素がそれぞれ個性を表しながらも全体としてまとまりのあるものができ上がりました。多大なお手間をおかけしましたが、その成果はあったと思っています。
猪熊:ほんとにそう思います。渋谷キャストはパートごとにキャラクターがありながらも、全体を通したデザインコンセプトがあり、各パートが同時進行で完成に至ったものの、一つひとつが独立して時間を隔ててつくっていったような、まちづくりみたいな空気感が漂っていたというか。開業後に広場のイベントを企画運営されている方々も、そのマインドを受け継ぎながらやっている感じがすごく特殊で、「ここにしかないもの」になっているなとすごく思います。
田中:CMFデザイナーの玉井さんが「不揃いの調和」というデザインコンセプトを提案してくださって、このワードにクリエイターの皆さんがすごく反応してくれましたよね。
成瀬:すごくいいキーワードだし、玉井さんの存在が大きかったですよね。建築家だけだと議論でバチバチしちゃうところを、玉井さんがこっちの方向でいくといいよと示してくださったことで、私たちも安心してそこに合わせていくことができました。
田中:玉井さんは色、素材、質感からデザインの進むべき方向性を指し示してくれたので、クリエイターの共通言語としてすごくわかりやすかったですよね。
成瀬:こういうつくり方をする設計プロジェクトって他に例がないですよね。この先もないんじゃないかなと思います。
猪熊:ほんとにね。特に駆け出しだった頃に、渋谷キャストの設計プロセスを体験できたことは大きな糧になりました。あの経験が今もすごく活きています。
田中:散々ご迷惑をおかけしたのに、そう言っていただけてありがたいです。
猪熊:むしろ、また同じメンバーでやりたいという思いもありますね。
成瀬:皆さん、今となっては超忙しそうだけど(笑)。
既存のカテゴリーにはあてはまらない、新しいシェア空間をつくる
ーー渋谷キャストのコレクティブフロアは、お二人が手がけた他の事例と比べてどのような点がチャレンジングだったのでしょうか?
成瀬:東急さんから与えられた設計の要件は、多様なライフスタイルや家族構成を持つクリエイターの住まい方に対応するために、共用のリビングやキッチン、トイレなどに加えて、各住戸にも水回りを設けた「コレクティブハウス」をつくることでした。それまでに各個室に水回りがない単身者向けのシェアハウスを手がけたことはありましたが、コレクティブハウスは初めてだったので、果たして共用部に人が出てくるのか、また何を目的に出てくるのかを探りながら設計を進めていたのを覚えています。
角個室には水回りとキッチンが備え付けられている
猪熊:我々にとって新しいチャレンジだったので、これは気合いを入れないとやばいぞと(笑)。最初は不安も大きかったですね。シェア空間だけどシェアハウスではない、ならば、このフロアが一体どういう位置付けなのかを探ることから始めました。田中さんやTone & Matterの広瀬さんとお話ししながら、他のシェア空間の事例との対比の中からイメージを共有できるような図をつくったりしました。その結果わかったのは、つくろうとしているコレクティブフロアは既存のシェア空間のカテゴリーにぴったり当てはまらないということでした。
田中:当時はコレクティブハウスの概念が取り入れられた事例が、日本ではほとんどなかったですよね。
成瀬:そうそう。北欧では福祉寄りのコレクティブハウスはいくつかあったんです。入居者が集まって一緒に食事をすることがルール化されていて、濃いコミュニティの中で助け合いながら共同生活するような。
猪熊:でも、コレクティブハウスの中で閉じた社会をつくるっていうのは渋谷らしくないよね。渋谷キャストでは、活動の範囲が幅広くて、国内外を行き来するようなアクティブな人たちがオープンに住んでいるイメージがあったので、「コレクティブ」という言葉を使わざるを得ないけれど、どこにもない新しいものをつくるしかないよね、と田中さんとも話していました。
成瀬:住まい手がここにずっと居る感じではないイメージはたしかにありましたね。でも、そういう人ってそんなにたくさんいるとは思っていなくて。
猪熊:想像はしていたものの、そんなアクティブな人たちだけで埋まるのかなと不安もあったんですが、今ここに住んでいるのは多拠点で活躍されている方が多くて、勝手な妄想としての理想が、現実になっていることに驚いています。
成瀬:今のフロアの様子を見ると、運営と空間が一体的につくられたように見えるかもしれませんが、設計の段階では運営をどうするのかが決まっていなかったので、そこも設計する上で難しさはありましたね。設計を進めながらも、東急さんのような大きなディベロッパーが、すごく冒険しようとしているなとひそかに感じていました(笑)。
猪熊:それはあったよね。こちらがイメージしている住まい手に場の空気感が合うかどうかは、かなり微妙なチューニングが必要なので、設計プランとセットで、そもそもどんな人が住むんだろうという議論はかなりしたと思います。
住まい手としてイメージしていたアクティブに動いている人たちは、ここを住まいとしてだけでなく仕事に使うこともあるだろうと。そういう生活と仕事の両方をひっくるめたような空間って日本に例がなかったので、イメージしている場の空気感をつかむために、海外の事例をひたすら調べたよね。結果的に、そこそこうまくいったのかなと思っています。
仕事/遊び/休憩の用途を選ばないラウンジ空間「コモン」
成瀬:運営者が決まっていなかったので、空間に色をつけすぎないことも意識しました。適度な家らしさはありつつも、つくりかけのようなラフさとカジュアルな雰囲気は残し、仕事もできるけどオフィスっぽくし過ぎない、という感じで、できるだけ幅広い人と用途に馴染む場にするために、空間のあり方を細部まで丁寧に考え抜きました。とは言いながらも、「誰かうまく使ってくれないかな」って祈るような気持ちでやっていましたね(笑)。
田中:ここはフォトジェニックな空間なんですよね。よくメディアの取材で使われていますが、どのアングルで撮っても、色や素材がいい具合に入ってくるので背景として優れているんです。すごく計算されているなと思っていました。
猪熊:コンパクトだけど、多様なシーンをつくることは特に意識しましたね。
成瀬:クリエイターが働く場所を運営されている田中さんは、さまざまな業種のクリエイターの生態をよくご存知なので、クリエイターさんに喜ばれるポイントをお聞きしながら、それをどう空間に反映するのかを一つひとつ考えましたよね。例えば、音楽系の方が気兼ねなく作業できる防音室をつくったのも、その一つです。みんなで悩みながら想像力を駆使してつくっていきました。
天井が高くひろびろ広々とした部屋も。ライフスタイルに合わせて各々カスタマイズしている様子
ーー設計プランだけでなく運営面についても、お二人から何か提案されることはあったのですか?
成瀬:運営については私たちも危機感を持っていて、つくった後の運営が肝になりますよ、ということは、東急さんに設計プランを説明すると同時に何度もお伝えしていました。どうやって運営していくのかは、設計を進める中でもかなり話題にあがっていたよね。
猪熊:それもあって、東急さんの方でも設計が決まる頃には運営のイメージがかなりはっきりしたものになっていたと思います。
深く考え続けたことによって、“デザインが合っていた”
田中:渋谷キャストの中で、一番オリジナリティが高いのはこのコレクティブフロアなんです。いまだに日本中で真似できているところはありません。どこにもない新しい場所をつくるというチャレンジの中で、ここでCiftを立ち上げた藤代健介くんのような運営のまとめ役が入ってきてくれたことがすごく大きかったんだと思います。
猪熊:運営のプレイヤーとして藤代さんが入ることが決まったのは、設計がすでに終わった段階でした。それにもかかわらず、パズルのピースがうまくはまったかのように、オープン後はこの空間で違和感なく自然に営みが動き始めて。直接のバトンの受け渡しはなかったんですが、我々が深く考え続けたことによって、デザインが合っていたんだろうなと思うんです。そこに感動しましたね。
成瀬:私たちはこういうふうに使ってほしいとか、一言も藤代さんに言ってないよね。
猪熊:そう、もちろん要望も受けていないので。直接バトンを渡すのではなく置いておいたら拾ってくれたみたいな。その感じがまたおもしろいというか。
田中:オープン前に、藤代くんがこの場所に合いそうなクリエイターを集めてきてくれて、Ciftのコンセプトや運営のルールをつくってくれたことがすごく大きいですよね。今、藤代くんはCiftの代表を離れましたが、それでも住んでいる人たちはみんな共通の信条を持っているので、この場所自体は変わっていません。こうした場所を運営する上で、初期インストールはすごく大事ですよね。
成瀬:ほんとに、どんな空間でも最初の空気をつくる人の存在はすごく大きくて、一度空気ができ上がると、それがなんとなく受け継がれていくというのはあると思うんです。Ciftの皆さんは住み手同士がつながるだけでなく、ここに外部の人も呼び込んで交流の幅をどんどん広げているので、13階にあるこの場所がすごく開かれた場になっています。それは、住んでいる人のマインドが開かれているからこそなんだろうなと感じますね。
「似たもの同士のシェア」がコミュニケーションを加速させる
ーー渋谷キャストの建物は70年の定期借地で建てられています。これだけ長く使われるものを設計するにあたって、当時はどのようなことを考えていましたか?
猪熊:「どこにもない新しいものをつくる」ことを目指していたので、この13階の日常の中で、一つひとつのチャレンジが積み重なって醸成されるカルチャーが世の中に浸透することで、新しい暮らしができる人が増え、この場所が長く続いていけばいいなと思っていました。感覚としては、単なる未来予測というより「未来をつくっている」というほうが近いですね。みんなが憧れる暮らしが生まれる場所をつくるために、やるしかないという思いだけでした。その意味では、まさに田中さんも日本で初めてシェアオフィスの運営を始められて、もうだいぶ経ちますよね。
田中:今年で20周年ですね。
成瀬:もう、違和感も何もないですよね。
田中:シェアオフィスは、コロナ禍でオフィスの分散化が進んだこともあって完全に定着しました。今では不動産会社の儲かるビジネスの一つになり、コミュニティのとらえ方も変わり始めていて。実際に、今僕が関わっている都心の再開発プロジェクトのシェア空間はどれもコンセプトが単なるコミュニティではなくて、官民連携だったり、エリアの産業の活性化に特化したものだったりと、かなり絞り込まれたものになっています。逆にいうと、そうしないとコミュニティが生まれないということなんだと思います。
今後、供給過剰なオフィス市場において床貸し業は崩壊していくだろうと言われる中、大手ディベロッパーはエリアマネジメントを含めたまちづくりをやらないと生き残れないと思うんです。渋谷キャストのように、まちづくりの担い手となるクリエイターが集まるシェア空間のニーズはますます伸びていくと思っています。
猪熊:たしかに目的とするものがわかりやすい集まりの方が、新たな可能性が生まれやすいですよね。目的がないとそこでつながる理由もないので、運営側がかなりポジティブでないと継続させるのが難しいというのもあるんでしょうね。
成瀬:目標とか目的が近い人たちが集まることによって、コミュニケーションが加速することってありますよね、やっぱり。
ーー猪熊さんは、「住まいから問うシェアの未来」(学芸出版社)の中で、“東京の多様性は、「似たもの同士のシェア」が定着して生み出されたエリアごとの偏りによって形作られている”と記されています。先ほどの田中さんのお話と共通するところがありますね。
田中:「似たもの同士のシェア」という言葉は、今のシェア空間の潮流をすごく言い当てていますね。
猪熊:田中さんのお話と方向性が一致していて驚きました。建築家って社会性のある立場なので特定のプロジェクトの中でも「多様性」という言葉を使いがちですが、僕はそれだけでは足りないと思っているんです。というのも、多様性をやり尽くすと、多種多様な趣味趣向が完全に混ざり合い、地域ごとの個性がかえって均質化されて、渋谷も秋葉原も広尾もみんな同じになってしまう。それが本当におもしろいことなのかというのは、以前からかなり気になっていて。コミュニティも同様で、多様性の観点から集まった共通点の少ないコミュニティよりも、ただ趣味が合う人の集まりの方が、よほど一緒にいる理由があって気楽に同じ時間を過ごすことができますよね。そういうつながりを無視してはいけないんじゃないかなと思っています。
ーーでは、シェアハウスをとりまく環境は、今どのような変化を見せているのでしょうか。
猪熊:シェアオフィスと同様に、シェアハウスもビジネスとして成り立ち始めたので、コミュニティづくりだけを目的とする方向ではなくなってきていますね。チャレンジングだった運営者さんも安定的な持続性を重視しているというか。その気軽さも、大切ではないかと思っています。
成瀬:それって、ある意味いいことでもあるよね。住まい方の選択肢が増えて、むしろ住み手の環境は良くなっているわけで。
猪熊:そう、シェアが住まいとして定着したなという感じはありますね。
ーー渋谷キャストのコレクティブフロアが昨今のシェア空間に与えた影響について、何か感じていることはありますか?
猪熊:あれから、大手ディベロッパーさんと渋谷キャストと同じようにシェア空間をつくる機会があるんですが、「どうやって実現したんですか?」と聞かれることは多いですね。そんな時は決まって、あれは“奇跡”なんです、というところから説明するんですけど(笑)。ほんとにいい場所にしたかったら、運営を頑張らないと難しいですよと、まずは丁寧に説明をするようにしています。
成瀬:コレクティブハウスは、住人の自治の比重もすごく高いので、Ciftのようにプレイヤーが入れ替わっても、正しく運営を維持していくのはかなりハードルが高いと思っています。この場所は、奇跡的に運営と空間がマッチしましたが、これからつくろうと考えている方々には、運営者をなるべく早く決めて一緒につくっていくのがいいですよ、というお話はしていますね。
猪熊:4年経った今でこそ、ここを参考にした類似の事例は増えてきましたが、当時は大手ディベロッパーさんが主導するプロジェクトでシェアをコンセプトにした場所ってなかったですよね。
田中:当時、渋谷キャストを担当されていた東急の水口貴尋さんがチャレンジャーなんです。それはやっぱり大きいと思います。
成瀬:すごく熱い思いを持っておられましたね。
田中:水口さんは、私たちの意見をすごくしっかり聞いて、それを忠実に実行に移してくださった。あの実行力と冒険心があってこそ、運営と空間が一体化した新しい場所が実現できたと言えると思います。
「こうあってほしい」と言わせないところが、Ciftのおもしろさ
ーーお二人がこのフロアを訪れるのは、およそ2年ぶりとのこと。足を踏み入れた瞬間、「変わらないね!」という言葉がお二人からほぼ同時に飛び出したのが印象的でした。この場所で時間を過ごし、空間の使われ方を見て、今の率直な感想を教えてください。
猪熊:オープンから4年が経ち、Ciftの住人が入れ替わってもなお、流れている時間や空気感がほぼ変わっていないことに感動しました。共用スペースの棚に並んでいる本や飾ってある植物を見ても、皆さんお忙しいはずなのに丁寧に暮らしている感じが何一つ変わらないんですよね。
住人が選書した本が並ぶコモンの本棚「13F Book Gallery」。本の横に、思慮深いひと言。
成瀬:私はこのフロアにこれほど子連れの方が増えるとは思っていなかったんです。今見ると、共用のキッチンに子ども用の椅子が置いてあるじゃないですか。20~30代の尖っているクリエイティブな人たちが集まる大人のコミュニティを想像していたので、子連れの方々が少なからず住んでいて、空間に馴染んでいるのを見て、嬉しく思いました。
Ciftは共通の価値観があるから、赤ちゃんから年配の方まで住み手の年代が幅広いというのは以前から聞いていたのですが、実際に今日この目で見て、自分の想像を超えて進化しているなと感じました。
キッチンの隅にはいつでも使えるよう、子供用のハイチェアが。
猪熊:今日はこの場所が変わっていないことが驚きであり、感動したんですが、一方で、僕はここで日々積み重なっていることそのものに一番価値があると思うんです。なので、この先、変わるも変わらないも望まないというか、Ciftがこれからも続いていって、どうなっていくのかをたまに訪れる人としてずっと見ていたいなと思うし、それが一番の楽しみですね。こちらが「こうなってほしい」と言わせないところが、Ciftのおもしろさなんじゃないかなと思います。
成瀬:私もこうあってほしいというのはたしかにないんですけど、世の中が変わっていく中で、この場所も柔軟に変わっていけるといいなというのはすごく思っています。Ciftはこうじゃなきゃというところに固まっちゃうんじゃなくて、時代の先を見ながら、よりよい方向にどんどん変化していってほしいなと思います。
田中:渋谷キャストは70年の定期借地なので、契約期間はあと65年残っているんです。Ciftもいつか次にバトンを渡す時が来るのかなと思うんですけど、Ciftの人たちにはそのバトンを渡す形をつくっておいてほしいなと思うんですよね。ゆっくりと時間をとらえ、65年後を見据えた長いタイムスパンで今を考える。同じ価値観でつながった仲間たちと「拡張家族」として暮らし、未来の家族のあり方を追求するCiftの人たちならば、それができるだろうと確信しています。