ジャーナル
日常に潜むクリエイティブを
感じられる場所でありたい
住宅、事務所、シェアオフィス、カフェ、多目的スペース、広場、ショップと、多様な機能を持つ「SHIBUYA CAST.(渋谷キャスト)」。中でも、クリエイティブな活動の中心となるのが、シェアオフィスとカフェです。それぞれ手掛けるのは、5年前の渋谷キャスト構想段階から参加するco-labの田中陽明さん(シェアオフィス)と、その構想を後押しする形で加わった(株)プフラのヤマモトタロヲさん(カフェ)。これまでもさまざまな空間をプロデュースされてきた二人に、新しい場所にかける想いやこだわりについて話を聞きました。
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田中陽明さん 春蒔プロジェクト株式会社 代表取締役、co-lab 企画運営代表、クリエイティブ・ディレクター
武蔵野美術大学建築学科卒業後、大手ゼネコン設計部を経て、慶應義塾大学大学院SFC政策メディア研究科修了。2003年よりクリエイター専用のシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab」をスタート。2005年春蒔プロジェクト株式会社を設立。制作環境を整える基盤整備から、「co-lab」という集合体のポテンシャルを生かした企画、アウトプット監修まで行う。
ヤマモトタロヲさん 株式会社プフラ 代表取締役、ビストロ「aruru」「urura」オーナーシェフ
多摩美術大学建築学科卒業後、建築会社を経て料理の道へ。イタリアン、フレンチの店で修行し、2011年独立。渋谷・松濤でビストロ「aruru」「urura」、富ヶ谷で花と服飾、生活雑貨の「pivoine」、代々木公園でカフェと雑貨の「mimet」、ベトナム料理の「yoyonam」と、全5店舗を経営。店舗の設計からデザイン、メニューとトータルで独自の世界観を表現している。飲食店コンサルタントとしても活動中。
PHOTOGRAPHS BY Masanori IKEDA (YUKAI)
TEXT BY Atsumi NAKAZATO
心を動かされたのは、クリエイターを支えるという仕事
渋谷キャストの「不揃いの調和」というデザインコンセプトは、建築や空間デザインだけでなく、住宅、事務所、シェアオフィス、カフェ、多目的スペース、広場、ショップといった機能の多様性にも表れています。さらに用途の異なるそれぞれの機能は、専門性を持った複数のクリエイターが運営します。多様な機能と、個性豊かな複数のクリエイターが集まって共創されることは、クリエイターが行き交う創造拠点という渋谷キャストがめざすひとつの姿とも言えます。
その中で、クリエイターの活動拠点として機能するためのエンジン役を果たすのが、1・2階に入居するシェアオフィス「co-lab」です。
「『シェア』というワードは、流行りに終わらず、この先も長く生き続けると思います。『SHIBUYA CAST.』が『シェア』の最先端を行くような場所に育ってほしい」
こう話すのは、「co-lab」を運営する春蒔プロジェクト株式会社・代表の田中陽明さん。渋谷キャスト構想段階から関わり、初期のコンセプトを立案、建設段階では建築家やデザイナーなどのクリエイターをキャスティング/ディレクションし、完成後は「co-lab」を通して渋谷キャストをつくっていくメンバーのひとりです。
運営する「co-lab」は、インディペンデントに活動するデザイナーや建築家、アーティスト、社会起業家など、異業種のクリエイターが集まり、交流・連携しながら働ける場として、2003年六本木でスタートしました。現在、都内6拠点で展開され、総勢約400名のユニークで質の高いクリエイティブコミュニティが生まれています。まさに日本のシェアオフィスのパイオニアと言えるでしょう。
さまざまな職種のメンバーが在籍
渋谷キャストについて、田中さんは「これほど駅に近い、東京の“ど真ん中の場所”で運営するのは初めて」と話します。さらに、これまでの拠点と違う点はどんなところにあるのでしょうか。
「クリエイターの聖地・渋谷の中心地にあるシェアオフィスとして、クリエイティブ事業のプロデューサーやディレクターなど、“仕事をつくる人”たちに集まってもらいたいと考えています。また、クリエイティブビジネスの新領域を開拓しやすい環境づくりを目標に、ワークスペースの提供だけでなく、投資家とのマッチング、法律事務所との提携による起業や知財管理といった法務支援など、クリエイターの活動の幅を広げるサポート機能も充実させていきます」
1階のエントランスフロアには、クリエイターの作業を間近に見ることができる工房や、入居するメンバーの作品を展示するスペースもあり、その場で気に入ったクリエイターがいれば、受付を介して紹介し、マッチングするような仕組みも考えています。
また「co-lab」の1階には、シェアオフィスのメンバーだけでなく、一般の人も気軽に利用できるカフェが併設されます。そのプロデュースを担うのが、渋谷でビストロやカフェ、雑貨屋など、独自の世界観を凝縮した5つの店を経営する株式会社プフラ代表のヤマモトタロヲさんです。
田中さんは、ヤマモトさんの店に初めて足を運んだ時のことをこう振り返ります。
「渋谷キャストの構想段階からシェアオフィスにはカフェを併設したいと考えていて、どういうお店がいいかなと悩んでいるときに、ヤマモトさんを知ったんです。まずは実際にお店を見てみようと、松濤にあるビストロ『aruru』にこっそり客として伺いました。もちろん料理も文句のつけようのないおいしさなんですが、スタッフのホスピタリティがすごく良くて。すばらしいスタッフが揃っていらっしゃるなと思いました。居心地が良かったせいか、深酒して帰ってしまって(笑)。ヤマモトさんはご不在でしたが、こんなお店ならぜひ一緒にやらせてもらいたいというのが、最初の印象でした」
ビストロ『aruru』
その後、ヤマモトさんと初めて会って話をした時には、お店にかける愛情の深さや、自分がつくる空間で食事を楽しんでもらいたいという純粋な思いが伝わってきたと言います。
「クリエイターは食にもこだわりがある人が多いんですが、ヤマモトさんのお店なら、きっと彼らの胃袋を満足させられます。その意味でも、クリエイターが集まるスペースにぴったりだなと思いました」
一方、ヤマモトさんはカフェ出店の依頼があった時、最初は「ここでやるのは難しい」と思ったそうです。それにはこんな理由がありました。
「これまでの経験で、商業ビルにテナントとして入るとさまざまな制約が生まれ、自分の思いを100%表現した店づくりは難しいと知っていました。ですので、5年前に独立してからずっと“小さな路面店”にこだわってやってきていたんです」
しかし、ヤマモトさん自身、美術大学の建築学科で学び、クリエイティブな環境に身を置いてきたことから、カフェという場を通して、クリエイターをサポートすることに俄然興味が湧きました。
「『その昔、原宿にあったクリエイターが自然発生的に集まるカフェ「レオン」のような場所をつくって、クリエイターをサポートしませんか?』と言われて、ピンときました。僕自身長年渋谷区に暮らしてきて、クリエイターの方々を支えるというのは、すごくやりがいのあることだと感じていました。僕もスタッフも、日々そういう方々から刺激を受けることで、いきいきと仕事ができています。また渋谷キャストはいわゆる“商業ビル”とも違うなと感じました。ぜひ参加してみたいと強く思いましたね」
シェアオフィスとカフェのコラボレーションが、クリエイティブな発想を引き出す
これまで自分のお店では、料理だけでなく空間、音楽、時間の流れ、すべてを自らの表現で貫いてきたヤマモトさん。ただ、今回はクリエイターをサポートすることを一番に考え、関わるクリエイターたちの要望に耳を傾けながら、さまざまな色付けができる柔軟な空間づくりをめざしました。「周りにいるデザイナーやアーティストと一緒につくることに意味がある」と、空間デザインは大学時代の同級生の建築家に依頼しています。
「今までは自分がこの店の一番のファンだという思いでやってきましたが、今回はみなさんの思いが詰まった店づくりをしていきたい。施設内にあるシェアオフィス、住居、広場といった機能をつなぐバイプレイヤーという意識を強く持って、『黒子に徹しよう』というのがまずあります。その上で、新たな発想につながるような空間や食事を提供して、お互いに刺激し合える環境をつくっていきたいですね」
カフェの店名は「Åre with co-lab」。Åreはスウェーデン語で、 “オーレ”と読みます。この店名の由来について、ヤマモトさんはこう話します。
「非常に読みづらいんですが、一度聞いたら忘れられないキャッチーな響きだなと思ったのが一つ。それと、オーレはスウェーデンにあるスキーリゾート地なんです。ゲレンデを真っ白なキャンバスに見立てて、それぞれのクリエイターがスラロームを描き、その軌跡が作品となって、日々記憶に残っていく。そんなことを積み重ねて、みんなが主役になれるカフェに育ってほしいという願いを込めています」
Åreロゴ
店名に“with co-lab”とあるように、「co-lab」と「Åre」の間には、ほぼ境界がありません。つまり、この二つが一緒になって、カフェという場所で“クリエイティブな発想が生まれる環境”をつくっていくのです。田中さんは、新たなコラボレーションを楽しみにしているそうです。
「“シェアオフィスに併設されたカフェ”にどういう使い方があるのか、その可能性を探りながら、いろいろと実験してみたい。ヤマモトさんはすごく柔軟で、『そこまで受け入れちゃっていいの?』と思ってしまうほど、いろんなことにチャレンジしてくださっています」
現在のところ、「co-lab」に入居するメンバーが集まる定期的な交流イベントや、外部からトップクリエイターを招いたワークショップなど、大小さまざまなイベントでのカフェの利用が想定されています。
「多様なイベントを受け入れることを想定して、どんな色にも染められるような真っ白な空間を演出したいんです。とにかく控えめでいようと思っています」とヤマモトさん。それを受けて田中さんは、「そう、今回ヤマモトさんは控えめなんです(笑)。施設全体のハブになるスポットになるので、多方面から意見や要望をキャッチしないといけない。“ひたすらキャッチャー”というのはすごいことですし、反面、大変だろうなと思います」とヤマモトさんを労います。
例えば、ミーティング時のケータリング、ランチのお弁当販売、さらには、仕事中に軽くつまんで発想を転換できるようなフィンガーフードの提供など、数々のコラボレーションのアイデアを形にしようとしています。またヤマモトさんは、メニューの開発もこれまでとは違ったやり方を考えているそうです。
「クリエイターのみなさんが何を求めているのかを個別にヒアリングしながら、季節に応じたものを提供していきたいと思っています。そして時には、世界の珍しい料理を提供することで、クリエイターの方々の視野を広げたりと、遊び心を持っていろんなジャンルを試していきたいですね」
まちづくりに並走するシェアオフィスの新たな形
渋谷キャストは、事務所、シェアオフィス、カフェ、多目的スペース、広場、住居、ショップといった機能を連携させて、多様な使い方をすることで地域に貢献し、渋谷区宮下エリア全体の活性化をめざすプロジェクトでもあります。「co-lab」は、その窓口的な役割を担います。シェアオフィスがエリアの拠点となって、活性化に貢献する。こうした取り組みは、田中さんにとって念願でした。
「『co-lab』はスタートして14年目になりますが、次のシェアオフィスのあるべき姿として、エリアの活性化にどう並走するのかを実験したいと思い続けてきました。ここに集まるクリエイターたちがいろんなことに直接意見をして、まちづくりに反映されていけば、“シェアオフィスの新しい形”になります。ずっとやりたかったことが、ようやく実現できる場が整いました」
まちづくりに並走する新たなシェアオフィスの形をつくる。その中で大切にしたいのが、「エッジの効いたデザインではなく、日常から生まれるクリエイティブ」だと言います。
入居者の交流会を兼ねたオープンランチ
「ある有名なアート系の雑誌の編集長がこんなことを言っていました。『ひと昔前はデザイナーと飲みに行くと、デザインの独自性や斬新さといったエッジの話ばかりしていたが、今は食事や子育てといった日常の話題をすることが多くなっている』と。つまり、日常の延長線上にあるクリエイティブな物事を重視するようになったんですね。渋谷キャストも日常の中に潜むクリエイティブが感じられる場であってほしい。そのために、それぞれの機能が連携して施設をどう盛り上げていくのか、研究しながらやっていきたいですね」
そんな日常になじむカフェであり続けるために、ヤマモトさんは訪れる人たちにどう利用してほしいと考えているのでしょうか。
「カフェというのは、あくまで自由な空間です。しっかりとした食事だけでなく、お茶や甘いものだけでもいいし、商談でもいいし、恋人との語らいでもいい。とにかくいろんなシーンで使える“日常のカフェ”として使ってもらいたいので、制限をあまり設けたくないですね。つかず離れずの距離にあって、その存在に安心する、そんなスタンスでやっていきたいなと。渋谷キャストに集まる人たちなら、自然と心地いい空気をつくり出してくれるだろうと期待しています」