SHIBUYA CAST./渋谷キャスト

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PEOPLE
2017/03/30
CAST People#2

訪れた人に断片の記憶を
印象づけるデザインに

市丸貴裕さん 株式会社日本設計 建築設計群 チーフ・アーキテクト
訪れた人に断片の記憶を 印象づけるデザインに

若者からお年寄り、外国人まで幅広く受け入れ、多様な文化を生み出しつづける街、渋谷。宮下町エリアは、渋谷、原宿、青山・表参道の中心に位置し、あらゆる文化をつなぐ場として存在します。クリエイターが行き交う創造拠点をめざす「SHIBUYA CAST.(渋谷キャスト)」のデザインコンセプトは、「不揃いの調和」。施設全体を通して、独自の個性を持つ人やモノが絶妙なバランスで共鳴し、一つのまとまりを形成するよう作られています。このコンセプト立案、設計・デザインの統括を担当したのが(株)日本設計の市丸貴裕さんです。2017年1月、開業に向けて工事が急ピッチで進む現場で作業を見守る市丸さんに、5年にわたって進められた渋谷キャストプロジェクトのこれまでとこれからについて話を聞きました。
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市丸貴裕さん 株式会社日本設計 建築設計群 チーフ・アーキテクト
大学院修了後、1996年株式会社日本設計入社。オフィスビル、商業施設、集合住宅、美術館など多様な建築物に携わる。過去の作品で、日本建築学会作品選奨、日本建築家協会賞、グッドデザイン賞などを受賞

 

PHOTOGRAPHS BY Masanori IKEDA (YUKAI)
TEXT BY Atsumi NAKAZATO

多様性という渋谷の個性をエネルギーに変える

 

「多様性に満ちた渋谷の街では、あらゆる人やモノが混ざり合いながらも、それぞれが個性として輝いています。『渋谷キャスト』は、多様性をエネルギーに変えていける施設でありたいと考えました。それをデザインに昇華する中で、多様な要素が集まり、それぞれが個性を表しながらも、違和感なくデザインとして成立する、そんなイメージに思い至りました」

 

こう話すのは、設計・デザインの統括役を務めた(株)日本設計の市丸貴裕さん。「不揃いの調和」というFEEL GOOD CREATIONの玉井美由紀氏の発案(*1)のコンセプトは建築や空間デザインだけでなく、デザインのプロセスにも反映され、外装や外構、インテリアなど、専門性を持った本施設に入居するco-lab(*2)関連の複数のデザイナーや建築家が参画。それぞれがコラボレーションしながら、一つの場所・空間を作り上げていきました。市丸さんはそれらのデザインアイデアをco-labデザインチームのディレクター(*3)田中陽明氏や広瀬郁氏と一緒にコーディネートし、実際の設計に落とし込んできました。
これまでオフィスビル、商業施設、集合住宅、美術館など、大小問わずさまざまな建築物を担当。2005年に完成した長崎県立美術館で、建築家の隈研吾氏とタッグを組み共創した経験が、デザイナーを含め多くの関係者が参加したこのプロジェクトに大いに生きているそうです。

 

「個性豊かな複数のデザイナーの斬新なアイディアをまとめるのは楽しく、また、大変なことでした。それぞれの存在感を発揮してもらいながら意見を集約しなければならないし、かと言ってデザインが突出し過ぎてもいいものにはならない。“バランスをとり、調和を保つ”ことに注意を払いました」

 

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断片の記憶を残す、ディテールへのこだわり

 

「不揃いの調和」というコンセプト。これをどうデザインに落とし込んでいったのでしょうか。

 

「このコンセプトを建築デザインとして表現するために、建物の要素(断片)に着目しました。宮下町エリアの街のコンテクストを読むと、街区に高低差があり、また大小多種多様な建物が高密度に建っており、施設の全貌を把握するには俯瞰するしかありません。渋谷キャストくらいの規模になるとなおさら建物全体を捉えることが難しいんですね。多くの人にこの施設の存在に気づいてもらい、知ってもらい、また、使ってもらうために、いろんな仕掛けをちりばめましたが、そのひとつは、“建物の要素の質感を印象付けること”でした」

 

まず目に付くのが、時間や季節によって表情が変わる多様性を持ったファサード。noiz architects(*4)のデザイン提案ですが、建物の各部に陰影のコントラストがつきやすい外装とすることで、従来のオフィスビルとは異なった質感を演出しています。例えば、高層部に位置するオフィス部分の腰壁は、コンクリート板に緻密に計算されたリブ状のパターンが施されています。同じく高層部・中央には、ランダムに角度をつけたアルミルーバーを設置。こうした仕掛けによって、単色の塗装仕上げでも、光の当たり方や時間にあわせて、まるで水面が動くような表情の変化が楽しめます。

 

「一見するとよく見かけるデザインなのですが、要素ごとに切り取りとると、どれも新しいことに挑戦していて、『あれってなんだろう?』と印象付けられるようなスパイスを加えています。そうしたディテールが断片的な情報として、訪れた人の記憶に残っていけばいいなと。さらに、それらの情報を頭の中で再構成してもらい、この建物を再認識してほしい。これが高密度で多様性のある街・渋谷にある建物の一つのあり方なんじゃないかと思っています」

 

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中でも、実現に苦労したのは、リブ状のパターンを施した腰壁のコンクリート。ギザギザの角度が3種類あり、それらを組み合わせて構成されています。複雑な形状なので、鉄筋を配した型枠内にコンクリートがうまく回るのかという懸念が絶えなかったそうです。そこは現場の担当者と何度も打ち合わせを重ねて、よりよい形で実現に至りました。

 

「僕自身、コンクリートそのものに繊細な凹凸のある表情を付けたのはこれが初めて。コンクリートという素材で、動きのある表情を出すというのは、かなり珍しいと思います」

 

低層部デザインのアクセントとなる店舗には、質感があり色味の強い外装材を使用。アルミの板に鉄板が錆びたような色合いのエイジング塗装を施し、ラフな印象に仕上げました。
このように、ファサードに異なる素材を組み合わせることは、周辺環境への圧迫感の軽減にもつながります。

 

「とても大きな建物なので、圧迫感を与えない工夫は重要です。そこで壁面を細かく分節し、異なる素材を使用することで、各部位がボリュームとして感じられるようなデザインとしました。とはいえ、長く使い続けてもらうことを一番に考え、使用する素材は奇をてらわないものばかり。そこに、少しエッセンスを加えています」

 

異なる形や素材の組み合わせによって感じられる楽しさや創造性は、人が集まる魅力となり、多様な人やモノに向き合うオープンなスタンスにつながります。

 

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高密度な渋谷の街に大広場をつくるという選択

 

建物の前面には、約1000㎡の面積を持つ広場が設けられ、誰もが自由に利用できます。「渋谷の街にこれほど大きな広場があることは、大きな意味を持つ」という市丸さん。渋谷の駅前であり、原宿や青山・表参道エリアの入口という立地を考えると、敷地いっぱいに収益性を重視した建物を作るのが一般的な考え方です。しかし、今回は大きな広場によって、この場所を街に還元するという考えを貫きました。成熟した都市に、多様な人たちが集まる大きな広場を作る、それは新たな挑戦でもあります。

 

「渋谷という街では、通行する人が多く動きも速い。そんな動きを少しスローにさせる意味でも、この広場は渋谷の街に今までなかったとっても居心地のよい場所となるでしょう。これだけ大きな公共広場を民間の事業で開発することは、なかなかないことです。街への影響力を考えると、とてもやりがいがありましたね」

 

広場には自然と人が集うように、円形の緑地を配置して“たまり”を作りました。植栽は、日本のもの海外ものを問わず織りまぜ、多様なシーンを演出。春先はピンク、秋には赤や黄色と、四季によって色や表情が変化し、成長し続ける自然を体験できます。また、広場の右側には、青山方向につながる貫通通路を設けて、一つの都市機能を付属。街と人、モノ、コトのジャンクションをイメージしています。

 

「渋谷のこんな好立地なエリアで、季節を通して自然を楽しむことができる大きな広場の存在はとても貴重です。この広場で、たくさんの人が何の気負いもなく佇んでいるシーンが生まれたら、このプロジェクトは成功だと思っています」

 

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今、駅周辺の6つの街区で大規模な再開発事業が進んでいる渋谷。市丸さんがこの街で設計に携わるのは今回が初めてでした。「正直、渋谷ってあまり好きじゃなかったんです」と話してくれましたが、このプロジェクトを通して、街を深く知るうちに、自然と愛着が湧いてきたそうです。

 

「渋谷は街ごとに性格が違っていて、若者が独特の文化を育む原宿や大人たちが集う青山・表参道、また少し外れると静かで落ち着きがある松濤などもあって、街の多様性がすごくある。渋谷でこのプロジェクトに関わって足掛け5年になりますが、本当にこの街の魅力に取り憑かれています」

 

渋谷という街を時間をかけて体感したことは、そのまま空間デザインにも反映されました。

 

「同じオフィス空間でも、日本橋にあるオフィスとは違います。例えば、オフィスのエントランスの天井部分は、ランダムな格子のモダンデザインとしています。少しカジュアルな雰囲気を意識することで、スーツ姿の方も、気軽な装いの方もうまくマッチするようなインテリアに仕上げました。これも渋谷ならではの発想と言えます」

 

着工してから早くも2年が経過。ようやく竣工が近づいてきました。形になった建物を見上げながら、「感慨深いものがありますね」と笑顔を見せます。

 

「例えば、一番力を入れた広場では、『こんなふうに使ってるんだ!』と設計者が驚かされるような、想定外の使い方がどんどん出てきてほしいと思っています。また、施設全体としても、僕らが使い方をお膳立てするのではなく、使う人たちが自由に工夫をしながら、時代とともに使い方が変わっていくような場所に育ってほしい。これから、そんな変化をたくさん見ていきたいですね」

 

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<SHIBUYA CAST. デザイン監修関係者>
■ デザインディレクション(*3)(商品企画・デザインコード・キャスティング):春蒔プロジェクト (*2)(田中陽明) / トーン&マター(広瀬郁) / デザインコード・CMF FEEL GOOD CREATION(*1) (玉井美由紀)
■ ファサード・ランドスケープ:noiz architects(*4)(豊田啓介、大野友資)
■ 貫通通路一部、広場地面:トラフ建築設計事務所(禿真哉)
■ コラボレーションセンター(co-lab):POINT 長岡勉 + 加藤直樹 / 施工 TANK(柴田祐希)
■ コレクティブハウス:成瀬・猪熊建築設計事務所(成瀬友梨、猪熊純、本多美里)
-------- 以上、キャスティング(*3) --------

■ 1F広場空間演出:ライゾマティクス(有國恵介)
■ クリエイティブカフェ(Åre)デザイン監修:宮澤一彦建築設計事務所(宮澤一彦)
■ サインデザイン:日本デザインセンター色部デザイン研究室(色部義昭)