ジャーナル
クリエイティブ×ロジカルで「才能の最大化」を目指す
遊び、働き、住む人が行き交い、さまざまなクリエイティビティが生まれることをコンセプトに掲げ、創造力が交差する渋谷キャスト。その13階の共同レジデンスには、住人がそれぞれのテーマのもと活動し、互いに磨き合い、共に暮らし、新しい家族のあり方を実践する「Cift(シフト)」があります。
今回はCiftメンバーのひとりであり、クリエイティブ×ロジカルを掛け合わせたアート思考のフレームで事業開発や人材開発のコンサルティング領域に新しい風をもたらす株式会社Bulldozerの尾和恵美加さんに登場いただきます。1月中旬に渋谷キャストの多目的スペースで尾和さんが主催したワークショップの内容を振り返りながら、これまでの経歴や事業に込める想い、渋谷というまちへの期待について伺いました。
【プロフィール】
株式会社Bulldozer代表 尾和恵美加
新卒で日本IBMにコンサルタントとして入社。その後はクリエイティビティの可能性を求め、英セントマーチンの流れを汲むファッションデザインスクールcoconogaccoへ入学、デンマークのビジネススクールKaospilotにてビジネス創出を学ぶ。ロジカルとクリエイティブのハイブリットな思考法として、オリジンベースド・アートシンキングを開発し、帰国後にBulldozerを設立。
PHOTOGRAPHS BY Yuka IKENOYA (YUKAI)
TEXT BY Kyoko YUKIOKA
“アートシンキング”で企業のイノベーション創出を導く株式会社Bulldozer。そんな会社と渋谷キャストが開催したワークショップの内容は、東急グループの創始者で渋谷の発展にも大きく貢献した五島慶太氏の人生から彼の才能が発揮された場面を抽出し、参加者自身が”才能の最大化”を体感するもの。時代背景や生い立ちなど、五島氏の人生の時間軸に併せて自らの人生を照らし合わせることで、新たな時代を自分らしく生きるためのヒントを学ぶ機会です。当日は多様なバックグラウンドを持つ参加者が集まり、意見を交わしました。
歴史に学ぶ、才能を最大化させる手法
――ワークショップ、おつかれさまでした。東急グループ創始者五島慶太氏の生涯を紐解きながら、参加者の才能を引き出すヒントを探るというユニークな内容でしたが、どのようなきっかけでこのテーマで企画を実施することになったのでしょうか。
尾和:毎年、渋谷キャストの多目的スペースをテナントや関連事業者、またはCiftの住人が使う機会をいただいていて、今回お声がけいただきました。私の事業はあまり先駆者がいない領域なので、最初は何にしようかと悩んだのですが、事業の中核である「才能の最大化」が私のやりたいことだと考えたとき、その手法を紹介する何かがいいと思いました。また感染症の拡大により人々の価値観が大きく変わっている現代だからこそ、多くのヒントが与えられるのではと考えていました。
――「才能の最大化」。その手段として今回歴史に着目したワークショップを開いたということですか?
尾和:私、歴史がすごく好きで。理由は、未来を作ろうと思ったら、同じ分だけ歴史を見ないといけないと思っているからです。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言いますが、その通りなのかなって。現代にロールモデルがいない事業を自分のものにしていくには、時代文脈や土地感を読み解きながら、営みの意義や整合性を取るべきだと思っています。歴史の中で培われてきたもので今の当たり前が構成されていて、その中に自分がいる。自分を改めて深く客観的に理解しようとしたら、歴史は欠かせないエッセンスです。だから他の創業者の道を辿ると、本当に励まされるんですよね。
「才能の最大化」を目指す中で、歴史に学ぶという要素と自分が住んでいる渋谷キャストを掛け合わせた結果、渋谷の基盤を創ってきた五島慶太氏の一生を参加者とともに紐解いていくワークショップに着地しました。
最終的にもっと感動がある未来をつくりたいと思った時に、今の都会は毎日問題がなく、割とスピーディーに過ごせる設計になっていて、想定外のことは起こりにくい。スマホからリマインダーの通知がきたり、止まるときは赤信号と同時に音楽が鳴って知らせてくれたり。代わり映えのない毎日は、自分だけの人生とも感じにくいですよね。
だから、実は想定外が生きる上で重要なんじゃないかと思っていて。その一つが感動であり、感動をもたらしてくれるのはありきたりを脱皮した“才能”なんじゃないかな、と思っています。それぞれが得意領域で尖ったものを出し合えるようになることが理想です。同じようなひとやモノが多いと、結果的に同じパイで取り合いをしてしまう。でも才能のある人同士は自然と互いにリスペクトし合いますよね。そういう時代の空気を作っていけたらいいなと思っています。
――尾和さんのワークショップは単に偉人の人生を振り返るのではなく、各エピソードを参加者のみなさん自身に置き換えて思考を促す「追体験」の時間が組み込まれていることが印象的でした。
尾和:日本の教育は点で学ぶことが多くてもったいないな、と思っています。要素がつながった線、さらにその線の関係性が面で捉えられるよう、どう没入して追体験してもらうかは、結構悩んだところでしたね。偉人の伝記を読んだり博物館に行ったりしてもその行動のみで終わるパターンってあるじゃないですか。学びはあるかもしれないけど、すごいなぁで終わってしまう。やっぱり生身の人間として感じてもらえて初めて自分ゴトにできると思うので、ワークショップでは音声を流したり、直筆の記録を掲示したり、さまざまなアプローチで五島氏の温度感や人柄を感じてもらうことを意識しました。
尾和:私の会社が展開している「アートシンキング」のワークショップは、読み解いた時代文脈に対しての解釈を自身の原体験や哲学を通じて作品として社会に提案し、その思考法を事業や日々の業務における価値創出という形でビジネスサイドに転換してアウトプットするものです。これだけ聞くと難しく聞こえて何かわからなくなってしまう方も少なくありませんが、偉人の人生をフレームワークとして追体験をすると、自分のことを相対化しやすく、気づきも多い。実際、ワークショップの内容に追体験を組みこんでやってみて参加者の方々の反応も良かったですし、早速自社の創業者でワークショップをしたいというご相談も頂き、良かったと思います。
自分にしかできない価値創造。0→1を生み出すクリエイティブプロセス
――尾和さんは日本IBMでコンサルタントを務めた後、ファッションデザインスクールの「ここのがっこう」やデンマークのビジネススクール「カオスパイロット」を経て起業されています。アートを軸に、その思考をビジネスに適応させることで起業するに至った経緯について教えてください。
尾和:IBMでは右脳爆発系っていうあだ名がついて(笑)。“Up or Out(昇進するか退職するかという考え方)”かつ論理的思考が求められる世界でどう生き残っていこうかと思っていました。
そんな中、AIが人間の脳を超えるシンギュラリティの時代が2045年に来ると言われ始めていて。「わたしもやばいけど人類も特有の価値を見出さないとやばいな」「自分の才能を見つけたい」と思って、子供の頃からの夢だったファッションデザイナーを目指してIBMで働きながら「ここのがっこう」というアートスクールに通い始めました。そこで私が価値を創出したいフィールドはファッションではなくてビジネスだと気づきました。ファッションの領域では、私より才能がある人がたくさんいたんですよね。
ビジネススクールへの留学を検討していたときに思っていたのが、AIより人間が出来ることは「0→1を生み出す」ことなんじゃないかと。クリエーションの世界は創造性一色に思われがちですが、論理的にもならないといけない。観察を重ねて、要素を細分化したり、はたまた大局を理解して文脈を読み解く力が求められます。
そこで“クリエイティブ×ロジカル”の観点で能力を伸ばすためにカオスパイロットに留学しました。多様なテーマを探求する中、「幸せ」をテーマとした個人プロジェクトで、幸せを実現するためには「自分にしか生み出せないものを生み出す」ことが自分にもこれからの時代にも必要だと思ったんです。同時に、これが芸術家がやっていることであり、ビジネスサイドにも必要だと感じました。やりたいテーマで自分の能力開発をさらに進めていくベストアクションは、ヨーロッパでの起業だと思い、最初は起業家への支援も手厚いバルセロナに身を移しました。
尾和:ここでまたもや新しい気づきがあって。海外で、日本でよく言われる「生きがい」がすごく流行っていました。正解がない時代への移行に気づき、自分の哲学や美意識に沿って人生を進めていきたいという人たちがいる━。希少性が高い上に超少子高齢社会である日本の背景や、企業の現状と、アートシンキングがうまくハマれば、日本から新しいビジネススタンダードを提案していくシナリオもあり得るのではないかな、と。
ゴールからブレイクダウンするのが製造業を核とした日本的な仕事の進め方だとすると、ここのがっこうや、デンマーク留学では、やりながらどんどん考えていく、いわゆるクリエイティブな思考プロセスを学んできたと思います。 0→1を生み出すアート制作のエッセンスを軸に、その思考をビジネスに適応させる。この考え方を使って、プロダクトアウト型で物やサービスを作っていけば、その人やその会社にしか出せない価値を提供できると思います。
才能同士は尊敬し合う。渋谷で見つけた可能性
――尾和さんは渋谷キャスト13階のクリエイターコミュニティ「Cift」のメンバーでもあります。Ciftで生活していてさらなる気づきはありましたか?
尾和:Ciftはデンマーク時代に見つけてから飛び込みでコンタクトし、かれこれ3年ほど住んでいます。13階には多種多様なひとが集まっていますが、共通して皆自分の肩書きを売って食べているので刺激的です。お互い1年前と比べて今どうだとか、その対話の時間が自分の成長につながっています。みんな普段からいろいろなことに触れて考えて自分で動いているので、より面白い話に発展していく。そういう関係性や時間が私にとってすごく貴重で。多様性に富んだコミュニティは、重なりはあっても皆違うフィールドで才能を伸ばしているので、妨げ合うこともないですし、「才能が最大化され、共鳴し合う」という私の理想に近い環境がここでもう形作られているのかもしれませんね。
あとは、メンバーの年齢も子どもから年配の方まで様々。赤ちゃんとの暮らしは驚くことも多いですが、良い意味で想定外のことや気づきがあります。以前、3歳の子のお守りをしているときにホットケーキを一緒につくったのですが、ボウルにヘラを入れたのにその子が素手でホットケーキミックスを混ぜようとして。「あ、そっか」みたいな。道具を使うっていう概念がまだないという気づきですね。あとCiftで育った子どもは人見知りをしないんですよね。周りの大人たちや年上のこどもからの影響もあって、語彙量もすごい。環境が人に与える影響の大きさを再確認しました。
Ciftは家族のあり方をめぐる社会実験の場でもありますが、文化は家族から街、そして国に広がっていきます。今はこのワンフロアですが、この文化の強さと必要性をより一層感じる日々です。
――最後に、尾和さんの視点から見る渋谷の姿や街としてのポテンシャルについて教えてください。また今後この街を舞台にどのようなことにチャレンジしたいですか?
尾和:渋谷は私の実現したい未来への突破口になるのかなと思っています。チャレンジしたい人が集まる街であり、超若い子が高級ブランドで買い物をしていたり、既存の枠組みからはみ出すことに寛容な街。
オフィスが表参道にあるのですが、最近ご近所の事業者や会社の人たちとあの一帯を”裏表参道”として盛り上げようという話をしています。まずはこのエリアで実験を繰り返し、発信をして、広げていけるといいのかなと思います。過去には弊社のオフィスをコンテンポラリーダンスのパフォーマンスの会場として使っていただいたこともあったり。
何か私がすぐ出来ることとしては、やはり人の才能を引き出すこと。そのために時間と空間を使っていきたいです。現在はワークショップの提供以外に、大企業に勤める方に向けたアート思考実践ベンチャー留学プログラムを実施していて、全く異なる業界から人材を受け入れています。
才能が集まり感動が集まると、こちらから出向かなくても、人は来てくれるはず。日本は新時代を提案する世界のロールモデルになると信じています。世界中の才能やそれを求める人々に、弊社オフィスをはじめ、渋谷に集まってほしいです。観光で遊びにくるだけではなく、何か面白いものを探しにくる。渋谷はそういうポテンシャルをはらんでいる街です。才能を互いにシェアし、感動をうむ渋谷の未来の姿を思い描いています。