ジャーナル
つくって終わりでも、運営して終わりでもない。
新しい価値を提案し続ける建築はどうあるべきか
開業から4年が経った、渋谷キャスト。開業前後から大規模な再開発プロジェクトがいくつも進んできた渋谷の街にあって、渋谷キャストはユニークな個性の輝きを放っています。
その理由の一つは、多くのクリエイターが企画段階から関わり、それぞれの能力を発揮しながら参加したこと。今回からはじまる新企画「往来古今 フゾロイなクリエイティブ論」では、 渋谷キャストの設計やデザインに関わったクリエイター陣に、開業前後から現在、未来を語っていただき、それぞれの視点から渋谷キャストや渋谷の街の可能性を探ります。
第一回目となる今回は、建物の顔となる外壁ファサードのデザイン監修、広場とランドスケープのデザインを手掛けた建築家の豊田啓介さん(noizパートナー/gluon共同主宰)と、施設全体のデザインディレクションやクリエイターのキャスティングを担当された田中陽明さん(春蒔プロジェクト株式会社)にお話を聞きました。
【プロフィール】
豊田啓介 / 建築家・noiz パートナー
1972年、千葉県出身。96年、東京大学工学部建築学科卒業。96-00年、安藤忠雄建築研究所を経て、02年コロンビア大学建築学部修士課程(AAD)修了。02-06年、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所noizを蔡佳萱と共同主宰(2016年より酒井康介もパートナー)。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・製作・研究・コンサルティング等の活動を、建築からプロダクト、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。
現在、 東京藝術大学アートメディアセンター非常勤講師、慶應義塾大学SFC非常勤講師、芸術情報大学院大学(IAMAS)非常勤講師、東京大学生産技術研究所客員教授(2020年~)。2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017年~2018年)。建築情報学会副会長(2020年~)。大阪コモングラウンド・リビングラボ ディレクター(2020年)。
田中陽明 / 春蒔プロジェクト株式会社代表取締役、co-lab企画運営代表、クリエイティブ・ディレクター
2003年にクリエイター専用のシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab」を始動し、2005年春蒔プロジェクト株式会社を設立。国内外を問わず、クリエイター向けシェアオフィスにおける草分け的な存在。渋谷キャストには構想段階から参画し、施設全体のデザインディレクションを手がけるなど設立の中心的役割を担い、開業後の施設運営にも深く関わっている。
PHOTOGRAPHS BY YUKA IKENOYA(YUKAI)
TEXT BY Jun KATO
ーーまずは、豊田さんがどのように渋谷キャストに関わられたのかを振り返っていただけますか?
豊田:まだ4年しか経っていないんでしたっけ。もう10年くらい経っている気分です。
田中:オープン後も豊田さんには、ずっと関わってもらっていますからね。このインタビュー企画は、つくるプロセスが重要でしたし、そこに関わったデザイナー達の関わり方に特徴があり、ずっと提案していたものなので、実現できて良かったです。
豊田:ある程度、施設内の運営がコンスタントに回っている状態なので、いいタイミングだと思います。
最初は、建築プロデュースをするTone&Matterの広瀬郁さんから「渋谷のビルの外装をやってくれない?」と声をかけてもらったことがきっかけです。それもものすごくタイトなスケジュールで(笑)。全体の設計をした日本設計さんと一緒に作業していったのですが、途中でやり直しや変更は何度もあって、結局そこからの設計期間は長かったのですが。
田中: もともとここの敷地は都営アパートの跡地で、東京都主催の定期借地するコンペを東急さんたちが進められていました。 co-labは入居の関心表明をしていたのですが、コンペ提案にクリエイティブ要素を強化できないかと資料制作のサポート依頼を受け、当時co-labにいた広瀬さん等に声をかけ制作し、 通過後にco-labやその関係者の建築家、クリエイターに入ってもらい、弊社でデザインディレクションを受け、チームを組むことになったんですよね。 当時はこうした進め方がまだ新しく、建築系でのデザインチームでデザインすることになりました。
豊田:まあ全部、手さぐり状態でしたよね。
田中:有名建築家の名前を冠して監修者にするようなプロジェクトはありますが、建築家やクリエイター同士が常時やり取りしながらつくっていくようなプロセスに、デベロッパーや全体の設計を担当した日本設計さんがフラットに関わりながら進めていく方法は、珍しかったと思います。最初にキャッチボールがそうとう必要だったのですが、豊田さんにはその時から関わってもらっていました。
ーー「Share the Creative Life」というコンセプトは、そのときから掲げていたのでしょうか?
田中:コンペが通った後に、「Share the Creative Life」という開発コンセプトと「不揃いの調和」というデザインコンセプトをつくりました。同時に、設計者の方々に声をかけていきました。とにかく多くの人が関わるプロジェクトだったので、それぞれの個性を発揮しながら、同じ方向を目指せるように、コンセプトはしっかり固めました。
豊田:さまざまな分野のクリエイターが集まって、スイミーの話の魚のような姿になったのですよね。さっきco-labの階段を上がってくるときに壁の絵を見て、「そういえばスイミーだった!」と思い出しました(笑)。 これだけいろんなジャンルの人が最初のミーティングで集まる機会って、こうした開発のプロジェクトでは、まずありません。「本当に収拾付くのか?」というのが正直な感想だったんですけど、皆さんと忍耐強く調整していく経験ができたのはすごくよかったなと思います。
コンピューテーショナルデザインを活用したファサードと広場の設計
ーー豊田さんは渋谷キャストの顔ともいえるファサードのデザインを手がけています。このデザインに至るまでに、どのような背景があったのでしょうか。
豊田:ファサードデザインとしては、通常ではありえない依頼でした。「メインストリートである明治通り側の外壁に室外機置場が設置されるので、ファサードの見せ方をどうするか検討してほしい」という要望で。建物の顔をつくらなくてはいけないのに、機械設備が前面に出てくるという難しい状況だったんです。 そこで、機械設備に必要な通風量なども検討しながら、操作としては微細でありながら全体の見え方はマクロな印象として現れることを狙いました。「スイミー」のように、いろんなパワーが集まって全体の価値を創発し、違うものをつくるというコンセプトは最初からあって、徹底したんです。
豊田: noizはコンピューテーショナルデザインが得意な事務所でしたので、小さな縦型のフィンの向きを変えたときの見え方をシミュレーションしながら、風を受けた草原がみせるふるまいのようなパターンを検討していきました。本当は機械で動くようにしたかったのですが、結局は3つの角度のフィンだけで光の反射が最も多様になるようなパターンを導きました。
豊田:このファサードについて「パッシブ・ダイナミック」という言い方をしています。ファサード自体は動かなくても、見る側の移動や周辺の環境の変化でダイナミックな動きを建築にもたらすことができるということです。光の反射の仕方は季節や時間、天気によって、また見る角度によっても変わります。それは昼と夜でも違いますし、光の当て方によっても変わるので、演出もしやすい。それらのことを、最低限コストの中でどれだけできるか、チャレンジしました。
また、渋谷にしては珍しく、手前に広場を設けて引きがあるので、それもうまく使おうと。通常であれば足元しか見えない建物でも、建築の上のほうまで見えてきます。デザイナーのエゴを派手に表現するのではなく、よく見ていると、いろんな仕掛けがあるよねというように、いつも小さな発見があるランドスケープの一部のような場所にしておきたかったんです。
ーーおっしゃる通り、渋谷キャストの特徴ともいえるのがあの緑豊かな広場ですよね。休憩している大人のすぐ横で、子どもたちが遊びまわっていたりと、日常的にさまざまな光景を垣間見れる場所になっています。広場については、どのようにデザインしていったのでしょうか。
豊田:広場についても、複雑な与条件がありました。明治通りから建物の向こう側に通り抜けをさせるということ、その貫通通路が将来は青山通りまで抜ける動線となること、敷地内に消防車が入ることができるようにすること、また渋谷区で盆踊りができるような正方形の空地をつくりましょう、ということなどです。
ーー盛りだくさんですね。
豊田:さらには、1階の店舗の死角を一定割合以上つくってはいけない、緑地率を守ってグリーンを設ける、などの条件もありました。それらをすべてコンピュータに落とし込んで「メタボール」という形のロジックを取り入れ、諸条件を満たしながら計画できるプログラムをつくったんです。プログラムにすると「ここに木を1本植えるとこっちが減る」というように、その場でいろいろなシミュレーションができるので、出てきたものをクライアントと一緒に見ながらつくっていきました。
豊田:水平面の高低差でベンチやカウンターをつくるルールもつくり、あとはみんなで死角がどの程度できるかを含めて調整しました。できるだけどんな人でもウェルカムな状態にしておく、という前提にしましたね。たまに僕がワインを飲みながら仕事をして、酔っ払ってカウンターに寄りかかっていることもあります(笑)。
田中:豊田さんの出没情報はたまに聞きますね(笑)。いろいろなふるまいが許されて、共存していても違和感がない雰囲気は、普通の公園ではなかなかつくれないですよね。
次の世代に残すものとして、建築のあり方を考える
ーーこの建物自体は70年の定期借地で建てられています。一般的な感覚からすると、70年、あるいはそれ以上使われるものをデザインするというのは相当な作業だと思うのですが、デザインするにあたって、どのようなことを考えられましたか?
豊田:建築の設計では長い時間軸で捉える感覚でいたのですが、最近テック側に入って活動していると、建築を設計している間にもテクノロジーのバージョンが1つ2つ変わってしまうんですよ。竣工するどころか、着工するときには「もうこれ古いよね」となっていて。そうした短期で回るものと建築のタイムスパンの違いが劇的に大きくなっていて、両者の間のギャップは埋められなくなっています。
だからこそ、建築に求められることはなんだろう、と考えるようになりましたね。渋谷キャストを設計した当時はあまり気づいていませんでしたが、ファサードはフィンを動かすよりも、さまざまな要素の影響を受けながら、パッシブに、かつ相対的に変化させるほうが、サステナブルという視点では、むしろ正しかったのかもしれないなと。
豊田:やっぱり、最近特にフィーチャーされているエコロジーや脱CO2という話では、建物をつくるときや建てた後の影響は大きいので、自然環境に負担をかけない方法をもっと考えなければいけないんです。そのとき、どうすればそうした制限を更に新しく、楽しい使い方や表現にフィードバックできるのかということは、最近すごく考えますね。
ーー楽しく長く使い続けられる建築ですか。
豊田:そうです。開発に伴う事業計画を立てるときも、目先のことが重要視されがちですよね。初期投資と設計料や経費だけで計算して、その後のランニングコストや、建物が役割を終えるまでにかかるライフサイクルコストの回収は与件に入らないことも多いです。「ライフサイクルで見たときに、よりサステナブルだ」とか「環境負荷が少ない」といった考え方をせずに、「初期投資が安ければいい」というつくり方になってしまっている。ここは何とかしたいなと、最近すごく思います。「子どもたちに残せる社会ってなんだろう?」と本気で考えるようになってきて、「今だけが良ければいい」ではどうしようもない、と。もし今渋谷キャストを設計するのであれば、そうした想いは以前よりもずっと強くなっているでしょうね。
建築や都市の合理的な姿をテクノロジーの視点で追求
ーー周年祭のときに発表された「SHIBUYA HYPER CAST.」(註:渋谷キャストをベースに、現実的な制限を取り払った未来の都市像を表現するプロジェクト。2019年の2周年祭にて「SHIBUYA HYPER CAST.」を提示し、3周年にあわせて「SHIBUYA HYPER CAST. 2」として再構成)は、建築とテクノロジーにフォーカスされていましたよね。
(「SHIBUYA HYPER CAST. 2」詳細はこちら)
豊田:「SHIBUYA HYPER CAST.」はテクノロジーに振り切った案で、エシカルやサステナブルといった考え方とはある意味で逆方向といえるかもしれません。僕がnoizとは別に共同主宰しているgluonでは、スマートシティのコンサルティングを多く行っていますが、このプロジェクトでは、敷地面積は小さくても未来都市の構成原理を縦に積んでいくことをして見せました。
©︎noiz
豊田:例えばHYPER CAST. 2の建物内には自律走行ができるデリバリーマシンが数十台いて、上に住んでいる人がシャワーを浴びながら「ビールと枝豆を買っておいて」と言えば、マシンが下で決済して、シャワーから出てくると玄関に置いてくれるようになる。そうしたことを実現するには、ある単位の中で決済と移動と認識のシステムが入っているのが前提なのですが、技術的にはもうできてしまいます。
そうなると、コンビニも人がいて買う表側がメインではなくなり、裏側の配送倉庫としての機能が重要になり、地域の共有の冷蔵庫になるわけです。各家庭で冷蔵庫をもつ必然性もなくなってくる。そうなると、ニーズの統計が取れるし、エリアとしての動向のデータも取れるし、好みに応じた発注ができるようになるし、選択肢は増えるのにフードロスは確実に少なくなる。
©︎noiz
豊田:冷蔵庫のように、各家庭でモノを所有するより、ある程度の量をまとめたほうがエシカルでサステナブルであるという状態は、今でもたくさんあるはずです。洗濯も、家庭の洗濯機を使うよりもランドリーに出すほうが、ある程度まとまると水やエネルギーを使う量が総合的に見ると少なくてすむ。そうしたユニットの大きさが、コンビニの商圏や駅の範囲などで複数出てくるので、カタログ的にいくつかをまとめて積んでいった仮の姿を見せたのが、HYPER CAST. 2です。
ーー見た目のインパクトにまず驚かされますが、そうした思考を経て生み出されたプロジェクトなんですね。
豊田:ただ、本来は建物単体ではなく、ビジネスモデルを含めた一つの社会をすべてデザインしなくてはいけません。そのときには一つの企業で閉じることなく、オープンで多様であり、常に流動しながら連携し合うプラットフォームを維持する必要があります。僕たちgluonが関わっている大阪・天満の「コモングラウンド・リビングラボ」は、こうしたモノと情報の共有プラットフォームを企業や業態の枠を超えて、一緒にきちんとドライブしましょうというプロジェクトです。ある意味スケールアップしたCASTのコラボをしている感じです。
他の施設と関わることで見えた、渋谷キャストの特殊性
ーー渋谷キャストは、運営面でもさまざまな方が日々関っていますよね。
田中: 僕たちも含めた4社が、事業者である東急さんから運営委託を受けていて、月に1回定期的にSTAGEというミーティングをしています。そこで企画を出して、広場のイベントや地域と連携したりと、いろんなPRの方法を考えてつくっていく、運営しながらのインナーブランディングというのは、渋谷キャストのオリジナリティだと思っています。広場というオープンスペースを中心に運営としても外に開いていくことで、普通であればつながらない他の運営会社と連携することがある状況は、面白いですね。
豊田:渋谷キャストならではの、いろんなジャンルのプロフェッショナルが集まって、お互いに仕事を受ける状況が起きているのもいいですよね。
田中:例えば、海外の企業が日本に支店を出すときは、コワーキングスペースを探すようです。そうして入りこんでいく方がネットワークが広がりやすいし、営業をしなくても勝手に周りの人たちがまず拡散をしてくれるので、効率がいいのだと思います。借り手の企業同士が高いレベルで情報交換をして、互いに仕事をするようなつながりが実際に生まれています。
豊田:コロナ禍でも互いのつながりが強まってニーズが増えているというのは、世間とは違う流れで、いわゆるオフィスの流動化だけでない傾向が見られて面白いです。
ーー豊田さんは渋谷キャストの向かいにオープンした「MIYASHITA PARK」併設の ホテル「sequence」のラウンジ&バーの設計を手掛けています。そうした機会を通じて、渋谷キャストの見え方に変化はありましたか?
豊田:MIYASHITA PARKにはCASTの時ほど深く関わっているわけではなく、僕も全貌を把握できていないくらいです。印象の話になってしまいますが、渋谷キャストはいろいろと大変だったけど、ワンチームできちんと動いていたなと思います。スケールの違いや、施設の性格として商業主体とオフィス主体という違いはもちろんありますが、かなり対照的だったと感じます。
ーー「MIYASHITA PARK」からは、渋谷キャストの広場やファサードが見えますよね。物理的にこれまではなかった視点から見えるようにもなりましたが、周辺の変化に応じて建物の立ち位置も変わるように思います。こうした状況もふまえて、2つの施設についてどのようにみていますか?
豊田:ついつい渋谷キャストの使われ方を見てしまいますね(笑)。あと、これは余談ですが、せっかく道をまたいでいるので、「MIYASHITA PARK」で設計した屋上のバーの天井には、複合曲面のミラーボールを配置して、先に紹介した「メタボール」の概念で渋谷キャストと実は対応させています。明治通りを通る人は知らないうちに、メタボールのゲートをくぐってる。「みんなメタボールの魔法にかかってるんだぞ」って(笑)。
ーーそんな裏話があったとは……!
新しい建築や社会の価値にシフトする役割を渋谷キャストが担う
ーー豊田さんは、渋谷キャスト発のトークセッション「202X URBAN VISONARY」にも毎回登壇されていたり、先の「SHIBUYA HYPER CAST.」を発表したりと、渋谷キャストに関わり続けておられます。そんな立場から、これからの渋谷キャストに期待されていることはありますか?
豊田:渋谷キャストでなければできない環境や活動は、確実にありますよね。やはり田中さんたちのように、当初立ち上げた方々が中の人も含めて残って話ができるというのは、すごく貴重なことだと思います。
豊田:まずは施設のための活動になるのはある程度しようがないとしても、都市や社会全体の視点の中でできることも、多い気がします。例えば今盛んに言われている「スマートシティ」も、都市に限った話ではなく、都市と郊外と田舎とリゾートがすべて対等で、インタラクティブなプラットフォームになりえるものです。そうすると、都市に集中する人の選択肢は、逆に地方に向かって広がっていくことも増えるでしょう。このとき、渋谷キャストは都市から田舎まですべてをつなげる拠点になってくれたらいいなと思うんです。
広場の周りと低層部は、去年東急さんにスキャンをさせてもらっていて、点群データを取りました。きちんと処理をすれば、さまざまな人が使えるかたちで公開できる可能性はあります。そうした視点で、渋谷キャストができること、社会実験の共有フィールドになれるようなことで発信できれば訴求力も高まりますし、価値の出し方も違ってくるのだろうなと思っています。
ーー社会実験の共有フィールド。
豊田:渋谷では周辺でもパワフルな商業施設が増えた中で、渋谷キャストは商業オリエンテッドではないんですよね。入居する店舗も少ないですし、オフィスと居住に特化して落ち着いているので、むしろ居心地がよいといえます。内部にコミュニティも醸成されていますし、もっと長期でゆるめの可能性をサステナブルに試していってもらえるといいなとすごく思います。
ーー確かに、渋谷キャストは他の商業施設とは少し異なるポジションにいるように思います。
豊田:渋谷ストリームや渋谷スクランブルスクエアは、設え的にも、場所的にもどうやったって何やっても商業オリエンテッドにならざるをえないと思うんですが、渋谷キャストなら、違ったアプローチで実験ができると思います。組織もこういうコミュニティも持っているからできる、渋谷の東急施設だからできる可能性は色々とありますね。
田中:関わったみんながお互いのことを評価しながら、歩み寄ってつくっていったので、時間が経つとその成果がじわじわ感じられる。そのような感覚も、キャストの特徴だなと思いますね。
豊田:短期のインパクトよりは、長期のじわっと系再開発ですね。
田中:そうした意見を聞けて、とても嬉しいですね。渋谷キャストは、開発側の内部の視点や一般的な建築の評価軸だけでは、どう評価していいのかが分からないと思うんです。でも、集合知的なつくられ方をするのは、意外といいし、新しい。表現的なデザイン性ではないところに持ち味があるということを、新しい軸として認めてもらいたいなと思います。
豊田:オペレーションフェーズの中から、後付けでも評価を乗法していくことは、やってみたいですよね。建築は、雑誌に載って終わりではないですから。建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を今年受けたフランスのラカトン&ヴァッサルというユニットは、こういった賞の受賞者としては新しいタイプの建築家でした。彼らの代表作品はいわゆるザ・アーティスティックではなくて、公団住宅の質の高い増築と改修のプロジェクトで、環境への意識も高く、効率と快適さをより多くの人にフラットにというものです。こうした社会の流れって、すごくいいことだと思っています。渋谷キャストも、つくって終わりではなくて、オペレーションして終わりでもなくて。
その点では、20年後にどう改修するか、再価値化をどうするか、といったことをきちんと継続的に提案できるといったことができたら面白いですね。本当は「SHIBUYA HYPER CAST.」も、もし「3」をやるのであれば、2みたいなスーパー新築じゃなくて、今のキャストのレトロフィットで改修をどうするか、みたいなことをやってみたいと考えています。
田中:それは、ぜひ見てみたいですね。
豊田:今建っているタワーマンションも、改修でどうするか、既存の街並みをどう再価値化するかといったことが、これからの時代はボリュームゾーンになるはずです。そうしたとき、形だけでは絶対に価値を出すことはできない。渋谷キャストでの活動が、新しい建築や社会の価値にシフトできる最初の活動にできたら、すごく面白いですよね。そういうものって、必ずしも形として目に見えるわけではなくて、でも技術やシステム、提供する体験という意味でやはり建築家の領域なんだと思うんです。
豊田:建物の再開発で建て替え反対の話題が上がるときなども、ただ保存運動をするよりも、技術的また社会的な仕組みを提案して、どうこれまでにない再価値化のシステムを提供できるかが重要だと感じます。新築建替えじゃない評価軸を、どう不動産業界に持ちこめるかというほうにコミットするべきだと思うのです。再開発の話が出てからいきなり動いても遅いので、キャストでは20年後に古くなったらどうするかとシミュレーションしておくようなことができたら建設的だなと思います。
田中:その視点はとても面白い。渋谷キャストのこれからを考える上で、極めて重要な指摘だと思います。この場所が価値を生み出し続けるにはどうすべきか。そういった視点もヒントに、考え続けていきたいと思います。