SHIBUYA CAST./渋谷キャスト

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PEOPLE
2020/10/27
CAST People#13_渋谷 と 家族を実験する人たち

拡張家族「Cift」が3年間の共同生活で育んだものとは

Cift 藤代健介さん、石山アンジュさん、横沢ローラさん
拡張家族「Cift」が3年間の共同生活で育んだものとは

「人は、血のつながりがなくても、家族としてお互いを信じ合って生きることができるのか」

 

渋谷キャストの13階には、そんな問いのもと「家族のあり方」をめぐる社会実験に取り組む人々が住んでいます。それが、「Cift(シフト)」。2017年に渋谷キャスト13階にある住居スペースにて19室に38人のクリエイターが入居し、「拡張家族」というコンセプトを掲げ、共に働き、共に暮らすことを通して、家族と仕事のあり方を見直す実践としてスタートしました。
それから3年。渋谷の松濤と京都にも拠点ができ、メンバーも増え、なお拡張を推し進めているCift。 めまぐるしい3年間の中で、実験を通して見えてきたのはどんなことなのでしょうか。Ciftの現代表理事の藤代さんと次期代表理事の石山さん、Ciftのコミュニティづくりに関わる横沢ローラさんに聞いてみることにしました。

 

【プロフィール】
藤代健介
1988年、千葉県生まれ。東京理科大建築学科卒。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科在学中に、理念を場に翻訳するデザインコンサルティング会社prsm創設。2015年に世界経済フォーラムのGlobal Shapers Communityに選出され、2016年度Tokyo Hubのキュレーターを務める。2018年にはForbes 30 Under 30 AsiaのThe Arts部門にも選出。2014年には人生をプロトタイプする半年限定のコミュニティPROTOを創設。2017年5月からは意識家族を通して平和活動を実践する拡張家族Ciftを東京渋谷から創設し、100名まで家族を増やす社会実験を行う。2020年3月から現在まで、空間を超えてみんなの暮らしのリズムを整えるDistant Neighborhoodのエコシステムを提供する株式会社NESTOを創設する。

 

石山アンジュ
平成元年生。シェアリングエコノミーの普及、規制緩和・政策推進・広報活動に従事。総務省、厚生労働省など公職実績多数。2018年ミレニアル世代のシンクタンクPublic Meets Innovationを設立。ほかNewsPicks「WEEKLY OCHIAI」レギュラーMC出演を務めるなど幅広く活動。著書「シェアライフ-新しい社会の新しい生き方(クロスメディア・パブリッシング)」。89年生まれ。国際基督教大学(ICU)卒、新卒で株式会社リクルート、株式会社クラウドワークス経営企画室を経て現職。大分の田舎と渋谷の都会の2拠点暮らし。

 

横沢ローラ
物語を歌うシンガーソングライター。シロツメクサとカエルの恋、世界一の男と結婚したい蚊の話など曲の世界を形にした、飛び出す絵本CDや、絵、動画なども制作。さかいゆう氏らのコーラスや、しまじろうのwebムービー、数百のCMソングにも参加。ギターの弾き語りで全国もまわる。

 

 

PHOTOGRAPHS BY TADA(YUKAI)
TEXT BY Koji YAMANAKA

血縁ではなく、価値観で繋がる家族のかたち


ーー買い物や食事をするために渋谷キャストを訪れる方も、その13階で家族をめぐる社会実験が行われているとは知らない方が多そうです。まずは「Cift」とはどんな存在なのか、教えてください。

 

藤代:Ciftはひとことで言えば、「意識でつながる」家族のかたちを実践する共同生活組織。メンバーは「拡張家族」という概念のもと、血縁ではなく価値観でつながって、共に暮らし、共に働いています。

 

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石山:2020年9月現在では、渋谷キャストだけではなく渋谷の松濤と京都という3つの拠点に、下は0歳から上は62歳まで、100人ぐらいのメンバーが暮らしています。メンバーはとても多様で、ミュージシャンや作家、料理人、お坊さん、LGBT活動家、政治家、美容師、画家など。みんなの肩書きの数を足すと合計100を越えますね。
そんなメンバーたちが生活を共にしながら、仕事という意味でもスキルをシェアしたり、一緒にプロジェクトに取り組んだり、仕事をつくったりしています。

 

横沢:そして、新しい家族のあり方を実践する中で得た経験価値を、メディアやイベントなどを通して、社会と共有するということも意識してやっています。ここでの私たちの経験には、社会に広まっている分断を乗り越えるヒントがあると思うので。

 

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ーー「夫婦とその血縁関係にある者を中心として構成される集団」というような、一般的な家族の定義を拡張するような活動ですね。
発起人である藤代さんは、大学院在学中に空間設計に関連するコンサルティング会社prsm(プリズム)を設立以来「場のデザインコンサルタント」として、被災地のコミュニティセンターでのファシリテーションや大手百貨店の組織構造改革などに関わってきたそうですね。そんな藤代さんが2017年にCiftを始めた背景には、どういった経緯があったのでしょう?

 

藤代:渋谷キャストが竣工される1年前の2016年に、東急さんから「13階のレジデンスにクリエイターを集めたいので、コンサルティングをしてほしい」という依頼がありました。
最初はコンサルとして、外部の立場からソリューションを提案しようと考えていたんです。でもだんだんと、コンサルという外部の立場ではなくて、僕自身の問題意識と紐づけてコミュニティをつくっていきたいと思うようになりました。


ーー藤代さん自身の問題意識とは?


藤代:現代の日本では人と人の結びつきが失われている、ということです。近代化の影響で合理化が推し進められた結果、「利己的な自己愛」が「利他的な社会愛」に勝るようになってしまっていると思っていて。他者を思いやることよりも、自らの利益だけを追求するような流れが強くなっているなと思うんです。

 

そこで、血のつながりがなくてもいかに他者に対して愛を持つことができるか、ということを実験するために始めたのが、「Cift」でした。言いかえれば、血縁やお給料といった外的な条件でなく、価値観や感覚といった内的な意志をもとに、主体的に「家族になる」という選択をした人たちが集まった家族のかたちを模索する試みです。

 

最初は僕の知り合いや、紹介してもらった人、およそ400人くらいに対して、説明会や面談を繰り返しました。価値観の共有が重要なので、まずはコンセプトや僕の人柄を理解してもらい、「住みたい」と言ってくれたら場所や家賃を伝える、という順序でコミュニケーションして。結果的に38人が集まってスタートしたんです。

 

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caption:石山さんは取材当日大分に滞在中。オンラインでの参加となりました。

 

 

 

家族だと思い込んで生まれた「覚悟」


ーー石山さんはシェアリングエコノミー活動家として、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師の活動や著書を出版するなど、シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行ってきました。
Ciftは、まさに暮らしや仕事をシェアする共同体だと思うのですが、石山さんがCiftでの3年間の生活を通して気づいたことがあれば教えてください。

 

石山:私は、家族というものは、「共助+覚悟」で結ばれるものなのだと思うようになりました。地方のおすそわけの文化や、シェアハウスも、お互いが助け合う「共助」です。でも、家族になると「共助」だけじゃなく、「相手と人生を共に歩む覚悟」が生まれてくる。

 

この3年間で、血縁とか籍を入れるとか関係なく、そんな覚悟が醸成されてきたんですよね。「Ciftのみんなの人生に何かあったら、自分は寄り添えるか?」って、常に問われているような感覚がありました。

 

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横沢:すごくわかります。私は最初からメンバーだったわけではなくて、IT企業に務めたあと米国ボストンのバークリー音楽大学で作曲を学び、震災後に帰国して、シンガーソングライターで音楽活動をするなかでCiftに出会いました。Ciftに入るときには、初めて出会った人のことも家族と思い込む、ということをしましたね。それってつまり、「相手と人生を共に歩む覚悟」を決めることだなと。

 

藤代:そうだね。Ciftで一番重要な要素は、メンバー全員を無条件に家族だと受け容れるという思い込みを、メンバー全員が自らの意志で最初からしていることだと思います。主体的に家族になることを選ぶという意味では、ある意味Ciftに入るのは、「ソフトな結婚」みたいなものかもしれない。

 

石山:うん、なんか100人と夫婦関係 を結んでるって感じがある(笑)。けんちゃん(藤代さん)とも夫婦関係だし、ローラとも夫婦関係みたいな。
夫婦って、喧嘩して腹が立つことがあっても簡単には別れられないから、仲直りするように努めるし、いい関係が築けるように自分を変えようとするじゃないですか。それを、住人みんなに対してやってるんですよね。今みたいに人数が増えてくると、なかなか難しいんですけど。

 

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横沢:私はCiftではキャスト拠点担当、また住居の管理会社と連携してCiftと住民のコミュニティ形成を考える担当なのですが、コロナの影響でみんなと会うことが難しくなったんです。でも、キャスト暮らしに限らず、全国で100人にもなるCiftメンバーはそれぞれの拠点からオンライン対話に参加して、会えなくても丁寧に価値観を共有していました。頻繁に会うけどあまり対話しない人より密なつながりが生まれたという気づきがありましたね。

 

 


人に自分の時間を与える幸せを実感した


ーー「相手と人生を共に歩む覚悟」を持つのは、面倒なことではありませんか?


石山:私はむしろ、人に自分の時間を与えることの豊かさを感じるようになりました。Ciftには子育て世代も多いので、メンバーの子どもの面倒をみんなで代わりばんこで見たり、保育園の送り迎えをしたりすることが普通にあるのですが、子どもたちに対して、将来なにかあったら自分が責任を負ってもいいという気持ちが湧いてきた。血は繋がってないのに。

 

でも、最初はぜんぜんそんな気持ちなかったんですよ。「人に自分の時間を与える幸せがある」っていうことを、頭では理解していたかもしれないけど、実感はしてなくて。

 

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藤代:みんな実感してなかったかもね(笑)。

 

石山:うん。Ciftには働くことが好きで、「自分のためにだけに24時間時間を使いたい」っていう価値観を持っていたメンバーも多かったと思うんです。そういう人が、いきなり4歳の男の子を預けられて「1日面倒みてね」って頼まれるわけですよ。それも、自分が余裕ある時だけじゃなくて、忙しい時にも。

 

子どもの面倒をみていたらパソコンなんて開けないし、ずっと走り回る後を追いかけなきゃいけない。子どもだけじゃなくて、住人の誰かが恋人と別れて泣いていることがあれば、1時間でも2時間でも話を聞くこともある。そういうシーンがこの3年ですごく多くて。私も最初は、「えっ、自分のために時間を使いたいのに……」って、モヤモヤすることもありました。でも、だんだんと人に自分の時間の与えることに幸せを感じるようになってきたんですよね。それは大きな自己変容だったかもしれない。

 

藤代:そのモヤモヤってまさに、僕がCiftを始めた時の問題意識だったような、「利己的な自己愛」からくるものですよね。でもアンジュがそうだったように、家族になるという覚悟を持つことで、誰かを思いやる「利他的な社会愛」に立ち戻ることができると思うんです。

 

 


Ciftが「共助」の可能性を切り開く


ーー藤代さんはこれまで務めてきたCiftの代表理事を、石山さんとそのパートナーであるダイさんにバトンタッチすると聞きました。それはどういった理由からなのですか?


藤代:もともと僕が関心があるのは、「主体的な共同体」をつくることなんです。ここでいう「共同体」は、いわゆる既存の「国家」モデルの代替になる可能性を秘めているモデル。仕事を通じて自立する「自助」と、家族の様に助け合う「共助」、全体に目を配る「公助」が混じり、主体的に動く小さな共同体のことです。それをあと10年かけてつくっていきたい。

 

でも、僕が一番美しいなと思うのは「共助」だけの世界なんですよ。お互いが助け合うことをつきつめていけば、国家もいらない、お金すらもいらない世界。つまり、全員家族の世界。Ciftはそんな「共助」の可能性を切り拓けるんじゃないかって期待してるんです。

 

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横沢:ギブ&テイクじゃなくて、みんながただギブしあう関係性ができつつあるもんね。「この人からもらったから、お礼しなきゃ」じゃなくて、「シェアしたいものを置く」「必要なら取る」みたいな、お返しし合う必要がない関係性が生まれてる。

 

藤代:ギブ&ギブだよね。Ciftがそんな「共助」を実現する可能性を一番信じているのは、僕よりも次に代表理事になるアンジュとダイだと思って、役割を引き継ぐことに決めました。Ciftで出会って結婚したパートナー同士という、狭義の家族である二人の関係性を雛形にすることで、Ciftでさらに「共助」の関係性が生まれていくんじゃないかと考えて。

 

僕は今後もCiftの一員ではい続けますけど、代表理事はやめて、もともとやりたかった「自助+共助+公助」の複雑な全体性をつくるために、次なる挑戦としてスタートアップを立ち上げ、その活動に取り組んでいきます。

 

ーーバトンを渡されたアンジュさんは、これからCiftをどんなふうにしていきたいですか?


石山:私が家族に一番大切だと思うのが、心理的安全性です。つまり、 心から安らげる安心安全な場所であるということ。精神面でも経済面でも健康面でも、なにかあった時に心の平穏を保っていられる環境をつくることにフォーカスしていきたいです。
あとは、メンバーも拠点も増えていくなかで、一度も会うことがない人同士もでてきました。そうしたなかで、いかにお互いが家族だと思える関係性を築けるかということも、挑戦したいことですね。

 

 


渋谷のど真ん中から、「共助」の輪を広げていく


ーー渋谷で、家族の可能性を実験すること自体に特別なメッセージ性もありそうですね。


横沢:そうですね。これは私がCiftのメンバーになってから強く思うようになったことなんですけど、「 家族だと思い込む」こと、つまり損得感情を抜きにして、相手の問題を自分のことのように真剣に考えることをみんなができたら、差別や争いは起こらないんじゃないかって。

 

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横沢:都会だと、街中でぶつかっても謝らない人がいるじゃないですか。その瞬間は謝ることが億劫だから楽な選択をしたのかもしれない。だけど、みんながそうやって自分のことしか考えなくなったら、いつか自分がぶつかられる側になって嫌な思いをする可能性もある。それって結果的に、自分も楽にならない選択だと思うんです。

 

でも、相手のことを家族のように思えたら、ぶつかったら謝ることができるし、それが結果的に争いをなくすことにつながるはず。だからまずはCiftで、みんなが他人のことを自分ごとのように考える関係性をつくっているんです。

 

その価値観は館である渋谷キャストとも共有しているので、Ciftメンバーが企画提案したイベントもこの場所で多く開催しています。子育てについてみんなで考える「子連れ100人カイギ」、渋谷のゴミゼロに取り組むプロジェクトや、メンバー勢揃いでコンテンツを盛り込んだクリスマスイベント「Cift Chaos Christmas」など。 そして私自身の企画として、昨年度はアートと音楽と食のライブイベント「Rainbow Connectionシリーズ」を4回開催しました。


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caption:2018年に開催された、「子連れ100人カイギ」の様子。


横沢:今年の12月には、「渋谷発のクリスマスソング集プレゼント企画」もリリースされます。 イベント開催が難しい今、誰かの “おうちクリスマス”を豊かにできたらいいなと思って。渋谷に関わる人たちのストーリーを詰め込んだ曲たちが、12月に無料で聴けるようになるのでぜひ楽しみにしていてください!

 

藤代:Ciftも今や拠点は増えましたが、渋谷キャストのCiftの強みはこうした取り組みを僕たちだけではなく、東急さんという民間企業と連携しながらできるところにあると思いますね。

 

石山:そういえば私、ヤクザ映画が好きなんです(笑)。さっきまでめちゃくちゃ殺し合ってた人同士が、一回盃を交わしたら親と子っていう家族になって、「一生お前を守ってくからな」みたいな言葉が出てくるんですよ。すごくないですか?

 

結局世の中にある差別や争いって、「家族になる」っていう想像力を働かせていけばなくなるんじゃないかなって。

 

藤代:アンジュの今日のシャツにも「PEACE ADDICT(平和中毒)」って書いてあるしね。

 

石山:そうだね(笑)。私はCiftの一人ひとりが主体的に他者のことを考え、自分の時間を与える、つまり「共助」という価値観の体現者になっていければいいなと真剣に考えています。その輪が広がって、その人と関わった人たちにも価値観が広まっていけば、世の中はより良いものになっていくはず。そう信じて、今後も活動を続けていきたいです。

 

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