ジャーナル
渋谷の街で「30年続くマーケットをつくる」という挑戦
多様な人々が行き交う渋谷の真ん中に、ジャンルやテイストに縛られない“デザイン”が集まる「SHIBUYA DESIGNERS MARKET(渋谷デザイナーズマーケット)」。“自由を楽しむマーケット”として、渋谷キャストの広場を舞台におよそ二ヶ月に一回のペースで開催されています。
このマーケットの一回目から企画・運営を手がけてきたのが、クリエイティブエージェンシー「Camp」の横田大さんと新田晋也さん。もともとフリーランスとして活動していた二人が、結成したばかりのイベントユニット「AnonymousCamp」として、マーケットの企画・運営を請け負ったことが、今では定番となったこの「渋谷デザイナーズマーケット」の始まりでした。
ほどなく法人化し、仲間も増え、ライブやワークショップを取り入れるなどコンテンツを充実させながら、2年半で通算15回のイベントを開催。まだ世に出ていない若手クリエイターとお客さんが気軽にやりとりできる自由さが、渋谷キャストの雰囲気とマッチし、今や“渋谷キャストの顔”とも言える催しとして定着しました。
刻々と変わり続ける街の中で、一つのイベントを継続させるための秘訣は、どこにあるのでしょうか。横田さんと新田さん、そしてCampのスタッフであり、二人とともに運営を担う澤木美奈さん、服部優稀さんに、これまでの取り組みとこれから目指すイベントのかたちについて伺いました。
PHOTOGRAPHS BY TADA (YUKAI)
TEXT BY Atsumi NAKAZATO
トラブルをともに乗り越えたことが継続の原動力に
ーー渋谷キャストとの出会い、デザイナーズマーケットに関わることになったきっかけを教えてください。
新田:フリーランス時代に、手仕事作品の販売サイト「iichi」を運営する「Pinkoi japan」という会社の外部スタッフとして働いていました。「Pinkoi japan」が渋谷キャスト内の「co-lab」に事務所を移転することがきっかけとなり、渋谷キャストの運営母体である東急電鉄(現・東急(株)、以下東急)の方からPinkoi japan に対して「渋谷キャストのオープニングイベントの一環でデザインマーケットをやってもらいたい」という相談がありました。その話の少し前に、横田くんと「AnonymousCamp」というイベントユニットを始動していたというタイミングもあり、Pinkoi japan を通して二人に企画・運営を任せてもらうことになったんです。
横田:ちょうどそのお話をいただいた時、「AnonymousCamp」としての初めてのイベントを「マーチエキュート神田万世橋」で開催していました。内容はイラスト/クラフト/音楽/ローカルをテーマとしたカルチャーマーケットで、そこに東急の方々が遊びに来てくださって。「すごくいいね」と言っていただいて、話が前に進んでいきました。
新田:こういう編集ができるということを見てもらえたことが大きかったですね。当時は二人ともフリーランスという立場でしたが、渋谷キャストでのマーケットイベントの仕事を受注したことで、「Camp」として法人化することにしたんです。
横田:ゆくゆくは会社にするつもりではあったんですが、それを急いだきっかけになりましたね。そういう意味でも、僕たちにとって「渋谷デザイナーズマーケット」はすごく思い入れのある仕事です。
ーー横田さんは編集者・ディレクター、新田さんはECサイトのプロデューサーと、もともとイベントが本業ではなかったそうですね。
新田:そうなんです。なので、イベントの仕事はやりたいけど事業化できるのか、最初はめちゃくちゃ不安でした。でも第一回目のマーケットとなるオープニングイベントの時に、現場で運営を担ってくださった方々からいろんな教えをいただくことができて。見よう見まねで始めたというところですね。
横田:周りにめちゃくちゃ助けていただきました。みなさん、やさしい方々ばかりで。思い返すと、オープニングイベントはいろんなトラブルがあったよね……。
新田:渋谷キャストとしても初めての試みだったので、予想外のトラブルが多くて。すごく大変だったんですが、東急さんをはじめ現場の運営チームが一つになって乗り越えたことで、いい熱量と結束力が生まれました。そういうことがあったからなのか、「今後も定期的にやっていきたい」というお話をいただいて、継続して関わらせてもらうことになったんです。
ーー渋谷キャストはあらゆるクリエイティブ活動の拠点。イベント事業に挑戦し、奮闘している二人を応援しようという意味合いもあったのかもしれません。
横田:スタートした当初は「運営」という意味でいうと、たぶん最低レベルだったと思うんです(笑)。だけど、「まだ世に出ていないクリエイターが自由に作品を発表する場をつくる」という僕らの考えに、東急さんは共感してくださって。僕らに任せてもらえた理由は、たぶんそこだけだったと思います。
新田:うん、そこの熱量だけを汲んでくださった、という感じだと思います。
売り上げ目標は設けない。新しいことにチャレンジできる「自由な場」づくり
ーー「特定のスタイルに流されることなく、作り手もお客さんもそれぞれの個性を発揮しながら、自由を楽しむマーケット」。このコンセプトの裏には、どんな想いや考えがあるのでしょうか。
新田:多様な用途を兼ね備えたクリエイティブ活動の拠点、という渋谷キャストのコンセプトに重なるのはもちろんですが、渋谷キャストの立地は渋谷と原宿をつなぐキャットストリートの入り口で、さらには渋谷と青山をつなぐ結節点でもあります。ストリートカルチャーとハイエンドな空気が重なる場所なので、いろんなクラスタの人たちが行き交うことを考えると、まだ知られていないインディーズなものを知ってもらうにはとってもいい場所だという想いが根底にあります。この場所だからこそ、生まれたコンセプトですね。
横田:テキスト自体は僕らが書き起こしたものではあるんですが、Campがユニット結成当初から持っていた「クリエイターにより多くのチャンスをつくりたい」という想いと、東急さんの中でもこの渋谷キャストの自由で寛容な姿勢が合致していたことで、自然とコンセプトに落とし込まれていったんだと思っています。
ーーこのコンセプトがわかりやすく体現されているのが、出展するクリエイターの選定ですよね。どんな基準で選んでいるんですか?
澤木:すでに広く活躍されている方というよりも、これから世に出ようとしていたり、活動の場所を探している方々を中心にご紹介できればと思っています。出展者の選定は公募型ではなく、こちらからクリエイターさんをお誘いする形をとっていて、いいなと思った方に声をかけたり、出展者さんに紹介してもらうこともあります。イラストレーター、クラフト作家、デザイナー、編集者とジャンルは幅広いですね。
横田:出展している作家さんの友だちが遊びに来て、「私も出たいんですけど」と言ってくれることも多いよね。
澤木:いい人の知り合いはだいたいいい人なので、そこは信頼しています。実は弊社の若手社員、服部も作家として出展したことがあるんですよ。
服部:私はもともとジュエリーの専門学校に通っていて、学んだことを発揮できる場所を探していたんです。Campのみんなからのプッシュもあって、これまでに友人と一緒に2回出展しました。私のように、これから活動の幅を広げていきたい!というマーケット初心者も出展できるので、安心感がありましたね。
澤木:普通のマーケットイベントだと売り上げ目標といった、いわゆる“お金のこと”を運営側から突かれることも多いんですが、渋谷デザイナーズマーケットでは売り上げ目標を特に設けていません。それよりも、のびのびとみなさんに新しいことにチャレンジしてもらいたいと、“自由な場づくり”を心がけています。
横田:渋谷デザイナーズマーケットを始めた当初は、イラストレーターさんなどのクリエイターがマーケットに出ることは今ほど当たり前ではなかったんです。高額な出展料を払う展示会のようなものではなく、自由な空間でグッズを売ったり、似顔絵を描いたり、作品を展示したり……。「自由に何やってもいいよ」というイベントは都内でほとんどなくて、当時は新しかったかなと思います。
新田:だからかな、いつも出展者のみんなの満足度が高いなと感じるんです。その理由はたぶん“場の自由さ”にあるのかなと。少し前に、普段は百貨店などに出展している人気のジュエリー作家さんが出てくれたことがあったんですが、終了後に「すごく楽しかった、また出たい」と言ってくださって。売り上げに縛られずに自由な形で販売したり、お客さんとやりとりできることを、すごく新鮮に感じてもらえたようです。
横田:インディペンデントに活動をされている方が中心ではありますが、すでにマネジメントがついていたり、多くの実績のある方が自由な雰囲気に惹かれて出展されることもあります。参加してくれる作家さんに対しては特にジャンルも制限なく、“カルチャー”を感じるものであればいい、というか。極端に言うと、“何でもいい”と思っているんです。それも含めて、多様性であり、自由さと捉えています。
クリエイター同士が出会い、新たなコラボレーションが生まれる場に
ーー運営側から見て、「渋谷デザイナーズマーケット」の魅力をどう捉えていますか?
澤木:出展者同士が仲良くなって帰ってくれたり、最近では、片付けが終わった後に我々運営チームと出展者みんなでご飯に行くのが定例化してきたり。常連の出展作家さんからは「ご飯会を楽しみにしてます」という声もあったりして、出展が目的というより、新しい仲間に出会ったり、コミュニケーションすることを楽しみにしてくれているのかなと。そこがほかのマーケットにはない魅力だと思います。
ーー出展者と運営チームの壁のないフラットな関係性がいいですね。
澤木:出展者さんと運営チームというより、もう少し近い距離で、すごくフラットなお付き合いができているかなと思っています。
横田:作家さんや僕らがお客さんと仲良くなることもままありますね。こないだのご飯会には、仲良くなったお客さんも参加していました(笑)。
新田:ご飯会では作家さん同士が悩みを打ち明け合ったり、相談し合うこともあったり。みんなでわーっと話している中で悩みが解決したり、新たなコラボが始まったりすることもあります。
横田:作家さん同士もライバルみたいな感覚は全然なくて、情報交換しながら、お互いのいいところは柔軟に取り入れていますね。
服部:このマーケットには、おもしろいことに真面目に真剣に取り組んでいる作家さんが集まっているので、そういう方々に出会って、私自身も大きな刺激をもらっています。
長く続けるための秘訣は、自由であることへの寛容さ
ーー横田さんと新田さんが中心になって育ててきた“自由を楽しむ”マーケット。目標としてきたイベントや場所はあるのでしょうか?
横田:僕らがイメージしているのは、長野県松本市で毎年5月に開催される「松本クラフトフェア」です。とにかく「自由」という表現がぴったりで、これが二人の中の原風景にあります。それと個人的には、先日惜しくもクローズしてしまった「下北沢ケージ」。立ち上げの際、関わらせてもらっていたのですが、ここもとても自由な場所だった。やっぱり街の中に自由な場所がなければ、文化なんて根づかないんですよ。「渋谷デザイナーズマーケット」も、渋谷キャストという場の自由さがあってこそ、成立しているんだと思います。
新田:そう、自由な雰囲気が場の空気に馴染んでいるからこそ、イベントって継続できるんだと思います。実際に「松本クラフトフェア」は30年続いていて、以前iichiの仕事でインタビューに同席した際、「30年続いている秘訣は何か?」というような質問があったのですが、「何かを決めることをしないということを決めている」という答えが返ってきて。あえてルールを定めない、と。そういう自由な空気をつくったことが、長く続いてきた理由なんだろうなと思うんです。渋谷のような経済圏では長く続くイベントってなかなかつくれない。そんな中、このイベントがスタートから2年半経った今も継続できているのは、僕らがやろうとしている自由なマーケットを東急さんはじめ、渋谷キャストに関わる方々が広い心で認めてくれているからこそだと思います。
ーー自由さに寛容であることが続けていける秘訣、と。
横田:そうですね。あと、澤木さんや服部さんが入ってきてくれたことも大きいよね。それによって、もともとやりたかったライブを始めることができたり。今後もダンスや演劇など、新たな試みにチャレンジしていきたいと思っています。そうやって回数を重ねても、「自由を楽しむマーケット」の原点に立ち戻りながら、ちょっとずつ拡張していって、最終的にはフェスみたいにできたらいいですね。
新田:いろいろ魅力的なイベントがある中で、「渋谷デザイナーズマーケット」は、作家さんが一番肩の力を抜いて参加してもらえるイベントかもしれないな、と。それは運営メンバーによるところも大きいよね。施設側の理解も得ながら、その場のふわっとした自由な空気を無理なくつくることができる、絶妙なメンバーなんだろうなと思います。
横田:そうだね。ただ普段は自由でゆるい雰囲気だけど、半年に一度くらいはちょっと力を入れて、出展したことで一気に作家さんの認知が広がるような、気張ったイベントもやっていきたいね。
新田:たしかにそういう緩急は必要だし、街や世の中がどんどん変わっていく中で、飽きさせないように新しいことを取り入れなきゃいけない、というのは絶対にあるよね。でも、やっぱり僕は、なんとなく根底に「松本クラフトフェア」のあの空気感があって。30年続けられるくらいのマーケットができたら、それこそ渋谷の街の一つの特徴になると思うんです。そして何十年後、若い頃に出店していた作家さんがおじさんになってふらっと現れて、若手の作品を見ながら「これはアレに似てるね」と嫌味なことを言ったり……。
横田:当時の若手が鬱陶しいおじさんになって戻ってくる(笑)。
新田:「俺も昔出てたんだよね」なんてやりとりがあったら最高だよね(笑)。東京って本当にものごとが続かない場所で、だからこそ続けることの大切さを、いろんな人に気づいてほしいんです。
横田:そもそも続いていける場所自体が少ないというのもあるし、都会では続けることが商業ベースに乗ることになってしまうからね。
新田:だから、渋谷キャストじゃないと続かないと思うんです。渋谷という街ありながら、商業的な“におい”が限りなく少ない、すごくレアな施設だと思うので。
澤木:長く続けるためには、作家さんやお客さんだけでなく、運営側もいつも恐れずに新しいことにトライし続け、どんな変化も楽しんでいけるチームをつくっていきたいですね。
服部:変化を繰り返しながらも、ここに来れば安心できる、「渋谷デザイナーズマーケット」が作家さんやお客さんの“戻ってきたくなる居場所”になればいいなと思います。
新田:このマーケットが渋谷の街のアイコンとなり、見慣れた風景になるためにも、チームの内外問わず自由なスタンスを貫きながら、長く続けていける方法をいろんな形で考えていきたいですね。
マーケットから広がる新たな実験
最近ではマーケットから派生して、ライブやワークショップ、企業とのコラボレーションなど幅広い活動を展開されています。来る11月16日(土)・17日(日)には渋谷キャストで、文字を知り、文字に触れ、文字を楽しむフェスティバル「もじFes.」がCampさん企画運営のもと開催されますね。
横田:筑紫書体の15周年、そのメーカーであるフォントワークスさんの25周年を記念したイベントで、「クリエイターだけでなく一般の方々にも、文字やフォントの奥深くて楽しい世界を伝えたい」といった彼らの想いを体現するようなコンテンツを企画しています。実験的な試みも多いんですが、渋谷キャストならそれを受け入れてくれる土壌があるので、いろいろとチャレンジングな企画ができあがりつつありますよ!
服部:私のイチオシは、文字のニュアンスで物語の内容ががらりと変わる「ギャップ朗読会」です。一見楽しい話を読んでいるのに、背面にはおどろおどろしい文字が映し出されたりと、話の内容と文字の印象のギャップを楽しむ、というちょっと不思議な朗読会です。
澤木:文字をテーマにした作品が並ぶ「フォントマーケット」も見どころの一つ。出展者の方には「文字をテーマに作品をつくってきてください」というお題だけをお渡しして、当日はこの日のためにつくられた文字作品が出揃います。ほかにも、展示やワークショップ、クラフトビール、フードなど、大人も子どもも一緒になって楽しめるコンテンツが満載です。
新田:フォントワークスさんはこれまで、プロのデザイナーさん向けのプロジェクトは数あれど、一般の人向けのイベントってやったことがなかったんです。そんな中「イベントという場においてどんなコミュニケーションを起こしていくか」という試みを続けている僕らの活動を見てくださって、今回お声がけいただきました。
横田:そうそう。実はフォントワークスの代表は、「渋谷デザイナーズマーケット」にもよく遊びに来てくれているんですよ。そんなつながりもあって、実験的な試みに寛容な渋谷キャストで、僕らにとってはもちろん、関わる人みんなにとっても、新たなチャレンジをさせていただけることが何よりうれしいですね。