ジャーナル
一杯の薬膳茶に込められた「哲学と想い」。ヤマグチヒロが語る、渋谷キャスト周年祭の舞台裏
渋谷キャスト周年祭で、もっとも街行く人を巻き込んだプログラムが「良薬口愉茶室」(りょうやくこうゆちゃしつ)でしょう。「薬膳茶」と称された高純度の野菜ドリンクを木枠で作られた茶室で飲むという体験は、多くの人々をフックアップしました。クリエイターのヤマグチヒロさんに舞台裏を伺うと、“渋谷キャストだからこそ”実現した、知られざるこだわりが随所に散りばめられていることがわかりました。ヤマグチさんの薬膳に懸ける情熱とともに周年祭の秘話をお届けします。
《プロフィール》
ヤマグチヒロ
薬膳料理研究家。合同会社Food Office ハチドリ代表。 食により健康になるための中医学を基にした薬膳料理を学び、その知識を軸としてより人間が健康に幸せになるための食生活の提案と研究活動を行なっている。渋谷キャスト周年祭では「良薬口愉茶室」のクリエイターとして活躍した。
PHOTOGRAPHS BY Eri Masuda(Lucent)
TEXT BY Miyuki Takahashi
渋谷キャスト周年祭で「良薬口愉茶室」を開催した薬膳料理研究家のヤマグチヒロさん。
飲んだ人の記憶に残る体験にしたくて
――渋谷キャスト周年祭での「良薬口愉茶室」、とっても印象的でした。まずはヤマグチさんが周年祭に関わることになった経緯から教えてください。
ヤマグチ:もともと私はフリーの薬膳料理研究家として活動していて渋谷に12年住んでいたんですが、最後の2年間は渋谷キャストの13階にある「Cift」で共同生活をしていました。今は会社を立ち上げて静岡県の浜松市がメインの拠点になっていますが、毎月数日は渋谷に帰ってきてCiftで過ごしています。そんな形で渋谷キャストを運営している東急さんとのご縁があり、声をかけていただきました。
――「良薬口愉茶室」のコンセプトはヤマグチさんが考えられたんですか?
ヤマグチ:周年祭プロデューサーの熊井晃史さんと最初の打ち合わせをした時点で「良薬口に愉しい」というキーワードは決まっていて、ポップアップストアという形態でカフェをやりたいというお題をいただきました。それで、以前別件で企画した健康スムージー作りのワークショップを思い出したんです。それは、例えば「パイナップル/消化にいい」みたいな感じで、効能を明記した野菜や果物のペーストを選んでもらい、茶碗に入れて茶専で混ぜて、自分だけの健康スムージーを作るというものでした。このアイデアをベースにしながら、街ゆく人たちにも興味を持ってもらえるようなエンタメ性を持たせるために、ダメもとで「茶室で提供するのはどうですか?」と提案したんです。そしたらOKが出て(笑)。
木枠だけで表現された茶室にはたくさんの来場者が訪れて一服。
――茶室を木枠だけで表現するアイデアはその時すでにあったんですか? あれ、すごかったですよね。木枠だけで茶室が表現されていて、空間は仕切られていないのになぜか結界が張られているかのように内側と外側で空気が違っている感じがしました。
ヤマグチ:そうなんです(笑)。不思議でしたよね。木枠のアイデアは、道行く人たちにも「あれなに?」って思っていただけるよう、以前にワークショップを行なっていた時から温めていたアイデアです。理想のイメージを建築家の長岡勉さんが完璧に美しく作ってくださいました。
熊井さんが「いやここは媚びずにいこうと」(笑)
――第三者目線だと、すごく実験的でおもしろい雰囲気がありましたが、実際やってみてどうでしたか?
ヤマグチ:当初はいろいろと不安があったんですが、予想以上の反響がありました。そもそも「薬膳茶」と名づけているけれど実際は野菜パウダーを水で溶き茶筅で混ぜる野菜ジュースのような形ですが、薬膳という言葉が強くて本当に飲んでいただけるのかな?と思ったり。茶室の活用にしてもお客さんの1〜2割が入ってくれたらいいな、くらいに思っていました。でも蓋を開けてみたら200杯近く飲んでいただきましたし、8割くらいの人が茶室に入ってくれました。それでみなさん妙に長居してくれるんですよね(笑)。時には、初対面の人同士が繋がっていく様を見ることもあり、すごくいい光景だなと感動しました。渋谷キャストのガーデンのあり方として素晴らしいじゃないですか。
――薬膳茶の出来栄えはいかがでしたか?
ヤマグチ:薬膳茶のクオリティはとても高いものでした。東急さんがサポートしてくださることで品質の高い、オーガニック野菜の7倍濃縮パウダーを用意することができ、栄養価も非常に高く、300円じゃ赤字になる高級ドリンクになりました。でも、一期一会の関係性の中で、ちゃんとインパクトを持ち帰ってもらいたかったので、妥協はしませんでした。身体と心がびっくりするくらいのものにして、記憶に残したかったんです。反面、野菜のブレンドは考えましたが、“飲みやすくする”味の調整はまったくしませんでした。私は料理研究家ですので、「飲みやすく味を調えて」とオファーされることが多いですし、そういう方向性にもっていくのは当たり前のことなのですが、今回は野菜の味そのままの無調整。もちろん「もうちょっと甘みを足した方がいいんじゃないか」とか「飲みやすくした方がいいんじゃないか」という意見はあったのですが、熊井さんが「いやここは媚びずに行こう」と。こんな都会のど真ん中で、とっても土臭い本物の野菜の味を体験できたら、それ自体がアトラクションになって、皆さんの記憶に残るものになると思ったからです。そんな経緯もあって、どの薬膳茶もインパクトのある味だったのですが「美味しい」と皆さんほとんど飲み干してくれて、2杯・3杯と飲んでくださる方も何人もいらっしゃいました。熊井さんご自身も「1日目に飲んで体の調子が良くなったから」と2日目は3杯飲んでました(笑)。
大地の恵みをダイレクトに感じるビーツのスープ。
――確かに、今でもあのビーツの味がしっかり思い出されます。土っぽさがダイレクトに感じられる味でしたよね。茶室で飲むというアイデアも素晴らしかったです。またぜひ開催してください!
ヤマグチ:ありがとうございます!
「Cift」でのユニークであたたかい2年間が紡いだ縁
――先ほど、もともとCiftで共同生活されていたと伺いましたが、 これはどんな経緯だったのですか?
ヤマグチ:Ciftというより渋谷キャストへの興味が先でした。何かのイベントで渋谷キャストに来る機会があって、その時に広いキッチンやリビング、イベントスペースなど設備が充実していていい環境だなと興味を持ったんです。フリーランスながら事務所のように使えるスペースを探していたところだったので、渋谷キャストについて調べてみると「Cift」というちょっと変わった共同生活スペースがあることを知って。それからファウンダーである藤代健介さんの世界平和や、人間や社会のあり方についての考えを知るとすごく共感できたので、面接を受けてCiftで暮らし始めました。
渋谷キャスト13階にある住居スペース「Cift」を案内してくれました。
――Ciftでの生活はどうでしたか?
ヤマグチ:Ciftは「拡張家族」というテーマで血のつながらない人たちが家族のように共同生活をしています。実験的な場ですし、実際入ってみるといいことばかりではないですが、私にとっては人と人との繋がりを実感できるあたたかいホームです。東京での生活はご近所付き合いがないのが当たり前ですが、地震などの災害があった時に誰にも助けを求められないって怖いなって思っていたし、隣に住んでいるのに何も知らないなんて何か変だなとも思っていたんですよね。その点、Ciftでは全員のことを知っているし、誰かがなんとなく私の帰宅を待っていてくれたり、当たり前のように一緒にご飯を食べたりできて、一人暮らしで誰もいない部屋に帰るより、ずっと安心感がありました。
――Ciftの中では、みなさんどんな風に生活しているのですか?
ヤマグチ:なかなか想像できないですよね?(笑)。社会で見せる自分と家で見せる自分って違うじゃないですか。Ciftでは、みんな家で見せる素の状態でいるので、テンションはそんなに高くないんです。もちろん、人間関係を育んでいく上で自分からアクションする必要はあるけれど、仲良くなり方も自然な感じというか。例えば、仕事上でのお付き合いってまず相手の肩書きから入るじゃないですか。私だったら「薬膳料理研究家のヤマグチです」って言って自分のことを知ってもらいますよね。でもCiftでは、何しているか全然知らないけれど仲がいい人がたくさんいました。知り合って数カ月経ってから、「よく料理作ってるなと思っていたけど料理家だったんだ!」みたいな感じで私のことも理解してもらって。こういう人間関係って大人になってからはなかなかないですよね。
こんなに熱く革新的な議論が交わされているなんて!
――思い入れのある渋谷キャストでイベントを開催されて、改めて感じたことは?
ヤマグチ:熊井晃史さんたちが東急さんと話していらっしゃる内容が、とてもアバンギャルドでものすごく刺激的だったので、そこに立ち会えただけで幸せでした。渋谷キャストが、自分たちが繁栄すればいいということだけじゃなくて、街づくりへの哲学や想いがあるんですよね。この場所にビルが建つ意味とか、ガーデンの存在意義とか、人々がどう有機的に繋がり居心地の良さを感じられるかなど、みなさん自然とそういう話をしていて、大手ディベロッパーのみなさんもこんな革新的なことを考えているんだと感動しました。そんなイベントのいちコンテンツとして関わることができ、私も街行く人に何かを投げかけることができたことを嬉しく思います。
知人の死をきっかけに経験ゼロから料理の道を志した
――ヤマグチさんが薬膳料理研究家の道に進まれたのはなぜですか?
ヤマグチ:もともとは京都で美大を目指していたんですけど、19歳の時に身近な人が亡くなったことをきっかけに進路が一変したんです。まだ若い人だったから本当にショックを受けたんですよね。「こんなに若いのになんで」っていろいろと調べていくうちに、食が身体に与える影響の大きさを知り、薬膳に興味を持ったんです。それで、薬膳を学ぶために上京し、蒲田にある東京誠心調理師専門学校に入学して勉強しました。「若くして病気で命を落とすような人を少しでも減らしたい、そのために有効な食の提案をしたい」というのが薬膳料理研究家を志した動機です。
――原点には悲しい出来事があったんですね。でも、もともと料理に興味があったのでは?
ヤマグチ:それが全然でした。上京して初めて一人暮らしをした時に味噌汁の作り方もわからなかったくらい、ゼロからのスタートでした。卒業後は京都のオーガニックレストランで働いたあと、東京でフリーの薬膳料理研究家として活動を始めました。
浜松の加藤農園さんの畑にいるかのように感じてもらうケータリングパーティー時で提供した彩豊かでヘルシーな料理の数々。
――浜松で会社を立ち上げたきっかけはなんですか?
ヤマグチ:父方の祖母が浜松出身で、子どもの頃は夏休みによく遊びにいっていたのですが、祖母が施設に入ってから畑が荒地になっていたんです。コロナで経済が止まり、私自身の仕事も含めてこの先どうしようかなと考えている時に、浜松のことを思い出したんです。あそこで何か面白いことができないかなって。料理研究家って、ケータリングや企業のワークショップなど表に出る仕事と、お客さんから発注を受けて工場と連携しながら商品開発をする裏方の仕事と2パターンあるんですけど、表の仕事は止まっちゃったし、裏の仕事はオンライン化が進みどこでもできるようになって、この状況はもしかして浜松にいくチャンスかもと考えました。2年前に決断して、最初は渋谷と浜松が半分くらいでしたが、一昨年の年末にキッチンカーを購入したのを機に浜松での仕事が激増。でも、ようやくスタッフに入ってもらえたので、来年からは仕事の幅を広げるためにも、また渋谷での時間を増やしたいと思っています。
薬膳料理を通して人々が健康で幸せになってくれたら
――浜松ではキッチンカーでビリヤニ屋さんをやっているのですよね?
ヤマグチ:はい。『ハマキタビリヤニ』っていう名前なんですけど、本場のビリヤニより油少なめ、刺激控えめで、野菜がたくさん摂れる日本風の薬膳ビリヤニです。ビリヤニにしたのは、まだあまり浸透していない「薬膳」という言葉を使わない薬膳が活かせる料理がやりたかったから。カレーが一番身近な薬膳料理だと思うのですが、カレーだと埋没しちゃいそうだったのでビリヤニにしました。もともとビリヤニが大好きだったっていうのも大きいんですけどね。
――薬膳料理って身体にいい分、味は二の次のイメージがあるのですが、実際はどうなんですか?
ヤマグチ:一般的な薬膳の考え方としては、そういう面もあると思うのですが、私は心身の健康って栄養だけでは実現できないと思っていて。身体にいいものでも「不味い」と思って食べると栄養が身体に上手く吸収されないんじゃないかって思うんです。美味しくなきゃ継続もできませんしね。だから、身体によくて美味しい商品を作ることが大事だと思っています。
――薬膳料理をどんな風に楽しんで欲しいですか?
ヤマグチ:今はスーパーやコンビニで売っているものにも添加物が当たり前に入っている時代です。だから、神経質になりすぎず時にはジャンクなものを食べていてもいいと思います。ただ、体調を崩した時には薬膳料理を食べて元の健康な状態に戻る、そんな使い方をして欲しいですね。私自身、薬膳料理を食べるようになって体調はすごく良くなりました。以前は4日働いたら3日は寝込むような虚弱体質だったんですけど、今は毎日フル活動してもバテません。
渋谷と浜松と二拠点生活をしながら、薬膳料理を通してこれからも健康への意識が高められるようなプロジェクトを予定されているそうです。
――体質改善に繋がるんですね!
ヤマグチ:薬膳料理で体調不良を改善できるようになると、自分を信じられるようになるんですよね。そうすると前向きになってやりたいことが実現できたりして、性格や考え方も変わっていくものです。健康な体は人生を楽しむためのツールですから、その人が持って生まれた力を発揮できるように薬膳料理を通して応援していきたいです。