SHIBUYA CAST./渋谷キャスト

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2024/05/31

CAST People まちとこどもの結節点 vol.04
「クリエイティブな大人との邂逅が子どもの未来を変える」

CAST People まちとこどもの結節点 vol.04 「クリエイティブな大人との邂逅が子どもの未来を変える」

さまざまなクリエイティビティが交差する、地域にひらかれた場を目指す渋谷キャスト。これまでに、コミュニティ・社会で育児することの未来について考える「子連れ100人カイギ」や、子どもと大人の遊びをつくるワークショップ「渋谷まちあそび」、おとなりの渋谷教育学園渋谷中学高等学校の学生を巻き込んだ音楽プロジェクトなど、大人はもちろん、子どもも街に参加できるきっかけを提供し続けてきました。

大都市の真ん中にあって、地域にひらかれた「民間施設」が、子どもや学生を巻き込んでいくことにどんな意味があるのか。はたして、どんな可能性を秘めているのか。連載シリーズ「CAST People まちとこどもの結節点」では、子どもに関わる活動やイベントの仕掛け人、学生を支える先生たちの思いをお届けします。

 

第4回目では、渋谷キャストに活動拠点を構える公益財団法人 孫正義育英財団(以下、孫正義育英財団)と、クリエイター専用のシェアオフィス「co-lab」のコラボイベント「ファシリテート!クリエイティビティ」について取り上げます。2022年からスタートしたこの企画は、「高い志」と「異能」を持った若者を支援する孫正義育英財団が認定する財団生と、各界の第一線で活躍するクリエイターの対話を通じて新しい可能性を生み出していこうとするものです。

 

この記事では、2024年2月に行われた、古代エジプト文明の研究などを行う田中環子さんと、一般社団法人Think the Earthの理事として、クリエイティブの力を通じて持続可能な社会づくりに取り組む上田壮一さんの対談を振り返りながら、過去の対談で得られたもの、そして企画やco-labそのものの今後の展望について、春蒔プロジェクト株式会社/co-lab 田中陽明さん、生田目一馬さんに伺いました。

 

【プロフィール】

田中陽明

春蒔プロジェクト株式会社代表取締役、co-lab企画運営代表、クリエイティブ・プロデューサー

2003年にクリエイター専用のシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab」を始動し、2005年春蒔プロジェクト株式会社を設立。国内外を問わず、クリエイター向けシェアオフィスにおける草分け的な存在。渋谷キャストには構想段階から参画し、施設全体のデザインディレクションを手がけるなど設立の中心的役割を担い、開業後の施設運営にも深く関わっている。

 

生田目一馬

春蒔プロジェクト株式会社 シニア・プロジェクト・ディレクター

建築設計事務所にて住宅・保育園・マンション内装改修・飲食店舗・福祉施設改修などの設計・監理業務を担当したのち、2020年春蒔プロジェクトに入社。co-lab新拠点の立ち上げやブランディングディレクション業務、イベントの企画運営を担当。

 

PHOTOGRAPHS BY

Eri Masuda(Lucent)

Kazuomi Furuya

 

TEXT BY

Tomoya Kuga

 

 

 

 

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一般社団法人Think the Earth理事 上田壮一さん(左)、古代エジプト文明の研究などを行う田中環子さん(右)

 

 

世代を超えた言葉のラリーが紡ぐ新たな可能性

 

 

本との出会いがその後の人生に大きな影響を及ぼしたという田中環子さんと上田壮一さんの対談は、これまでに感化された本を紹介し合うという形でスタート。本に対する思いと、そこから何を学び、自分たちの考え方がどのように広がっていったのかを語り合います。

 

考古学を学ぶことで「世界平和」について強く考えるようになったという田中さん。「もしも現代人が古代人よりも物事を深く考えられるようになっていたとすれば、戦争以外に争いを解決するための選択肢が増えているはずです。そう考えると、何千年もの時が経っても考え方や思っていることはそこまで大差ないのではないかと感じています」と話せば、上田さんも「人の脳はさほど変わっていないかもしれないけど、技術の進歩に伴って見ている世界自体は進化しているでしょう。だからこそ人間はもっと賢くならないといけないし、そのために何ができるかを常に考えています」と口にするなど、言葉のラリーは絶え間なく続いていきました。

 

上田さんから「今研究してみたいことは?」と問われると、田中さんは「まだ明確に決まっているわけではない」と前置きしながら、「自分の中での平和に対する考え方をまとめたいです。そのために古代や現代における国同士の関係性や戦争の背景について学び、戦争に対する考え方を紐解きたいです」と述べます。すると上田さんからは「人間を客観視できる学問である心理学を知ると、平和につながる考え方を学べるかもしれませんね」とアドバイスがありました。

 

対談の終盤では、田中さんが「今の問題だけを見ていても視野が狭くなるし、古代のことだけを考えていても今に活かせる方法を考えられなくなってしまいますよね。だから両方を学ぶことで現代に活かせるアイデアを見つけたいんです」と話すと、上田さんも「それは環子さんにしかできないことだし、私もそれを手伝いたい」とエールを送り、今後のコラボレーションも期待させてくれました。

 

 

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プロのファシリテートで濃密な世界観を引き出す

 

 

上田壮一さんと田中環子さんの対談を行った後日、企画の構想から実現までの裏側を支えた春蒔プロジェクト株式会社/co-lab 田中陽明さん、生田目一馬さんに話を伺いました。

 

 

ーー「ファシリテート!クリエイティビティ」は、第一線で活躍するクリエイターと、孫正義育英財団の若く才能を持った財団生たちをかけ合わせることで化学反応を狙うと同時に、財団生がどのようなことに取り組んでいるのかを広く発信することを目的に掲げています。その3回目は上田さんと環子さんの対談となりましたが、キャスティングの理由を教えてください。

 

田中:過去2回の対談は、財団側に候補者を数名ピックアップいただき、その上でco-labの登録クリエイターの中で最も財団生の可能性を引き出せるであろう方を考え、キャスティングをしていました。ただし今回はco-lab側の候補者を先に決めていまして、それが上田さんです。彼とは以前からの知り合いだったのですが、クリエイティブな教育活動を展開していることや、ファシリテーターとしても活躍されているということで、以前から対談に登場してもらいたいと考えていました。クリエイターと呼ばれる人々には、色々な情報を集めて芯の部分を引き出し、一般的には難しいものを咀嚼して世の中に伝えていく能力がありますよね。そうした能力を通じて財団生の取り組みを発信していくと同時に、クリエイターの特長を知ってもらいたいという思いがあって「ファシリテート!クリエイティビティ」と題していたので、上田さんはこの企画に最適な人だと言えます。

 

孫正義育英財団から出していただいた複数の候補者を上田さんにも見ていただいたところ、環子さんと話してみたいということで今回のキャスティングとなりました。

 

春蒔プロジェクト株式会社代表取締役、co-lab企画運営代表、クリエイティブ・プロデューサー 田中陽明さん

春蒔プロジェクト株式会社代表取締役、co-lab企画運営代表、クリエイティブ・プロデューサー 田中陽明さん

 

 

 

――対談にも参加させていただきましたが、とても会話が弾んでいる様子が印象的でした。

 

田中:上田さんのアイデアで、お互いが影響を受けた本を紹介し合うことから始めていったのですが、異なる年齢でも目線を合わせることができ、会話を引き出すことでスムーズに話が進んでいましたよね。

 

生田目:環子さんの平和に対するシンプルで強い思いが感じられた対談でしたし、僕たちももっと頑張らなければならないと思わされました。彼女は小学生の頃から古代エジプトの研究者として注目を集め様々なメディアにも登場していますが、それらと比較しても彼女の世界観を濃密に引き出せた点が今回特徴的だったかなと。

 

――この企画の今後も興味深いところですが、次回以降について構想されていることはありますか?

 

田中:徐々にやり方や企画自体の価値が見えてきたところです。一方で、対談というフォーマットは同じであっても組み合わせ次第でまったく違ったものになるので、どのような人をキャスティングし、その人たちがやりやすい状態はどのようなものかを考え、サポートしていきたいですね。

 

生田目:対談がゴールではなく、将来なにかに繋がってほしいと考えてキャスティングをしています。今回の上田さんと環子さんの場合、上田さんはSDGs含めソーシャルな活動の実績をお持ちですし、環子さんは自分の進む道を模索中です。環子さんが今後何かアクションを起こしたいとなった時、今回の対談をきっかけに上田さんに相談するということになればすごく嬉しいですよね。すぐに芽が出るわけではありませんが、そうした視点を加味しながらキャスティングしていくことが大切になってきます。

 

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春蒔プロジェクト株式会社 シニア・プロジェクト・ディレクター 生田目一馬さん

 

 

田中:第2回目の対談では、“未来を企画するクラウドファンディング”「GREEN FUNDING」を運営する沼田健彦さんと、財団生でアーティストの大西拓磨さんをキャスティングしました。対談の中では「何か一緒にやりましょう」という話は出たものの、現時点ではまだ具体的な動きはありません。そこは僕たちがコミュニケーションを取って繋いでいかなければならないところでもあるので、もっと積極的につなぎ役になっていかなければいけないとも感じています。

 

 

 

クリエイティブな大人との邂逅が子どもの未来を変える

 

 

――孫正義育英財団の若く才能にあふれた財団生たちをはじめ、若い人々とコラボレーションすることは、co-labにどのような影響を及ぼすと期待していますか?

 

 

田中:昨今の教育現場ではオルタナティブ教育が必要とされていますが、それは教育にクリエイティビティが足りていないからで、教育にさまざまな要素を採り入れたいという動きが出てきているからだと思っています。もちろん教育方法自体を見直したり変化を加えたりすることもいいのですが、クリエイティブな大人を知るだけでも十分にいい影響を受けられるんじゃないでしょうか。例えば僕は、子どもの頃にノッポさん(NHKの工作番組「できるかな」の出演者)に大きな影響を受けているんですよね(笑)。お会いしたことはありませんが、幼心に「ノッポさんみたいな人がいてもいいんだ」と思えましたし、クリエイターにはそういった側面があると思うんです。幼い頃にクリエイターと触れ合って他の人とは違う世界観を感じられた子どもは「自由な発想をしてもいいんだ」「クリエイティブな世界でも食べていけるんだ」と知る機会を得られますし、発想の自由度も増えると思います。それだけでも十分価値があるでしょう。

 

co-labは、こどものコミュニティや学びの場作りをするまちの研究所と共創パートナーシップ協定を締結しています。まちの研究所が関係する保育園でクリエイターが活動できるスペースを作ってアーティスト活動に勤しむ様子を子どもたちに見せたり、実際に子どもたちに教える機会を作れたらと考えています。また、co-labは都内に複数の拠点を持っていますが、まさに子どものクリエイティブ教育をコンセプトにしている施設もあるんです。

 

そういったことを考えると、孫正義育英財団とのコラボレーションは我々にとっても以前からやりたかったことを実現している場でもあり、モチベーション高く取り組んでいます。

 

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渋谷キャスト1-2階にある「co-lab 渋谷キャスト」。渋谷のキャットストリートと原宿・表参道から伸びる明治通りとの結節点に位置し、クリエイティブ産業の発展に資する複合施設「渋谷キャスト」のコンセプトを体現する場だ。

 

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渋谷キャストの広場と明治通りが見える心地よいミーティングルーム。

 

 

 

 

――co-labは拠点ごとに異なるコンセプトを持っているのですね。

 

田中:拠点ごとにタイプが違う方と知り合うことができるのもco-labの魅力のひとつです。例えば、現在は閉じてしまいましたが、日本橋横山町に拠点を構えていた頃には山縣良和さんという世界的なファッションデザイナーの方にスクールを持っていただいていました。山縣さんは若手ファッションデザイナーの育成と支援を目的としたLVMHプライズというコンテストに日本人で初めてノミネートされたり、シャネルなどのデザイナーを務めたカール・ラガーフェルドにも認められたりするようなすごい方です。でも日本でファッションの専門学校に通っていた頃はあまり評価されず、それは、職人タイプが評価されがちな日本では技術教育が中心となり、山縣さんのようにファッションの概念や哲学を考えることに長けた方は評価されにくい状況にあったからです。山縣さんはその後海外に出て高い評価を得たのですが、こうした構図は今の日本のクリエイティブ教育にも通ずるところがあるでしょう。だからこそ、クリエイターが集積して互いに声を掛け合えるような場作りが、新しいものを生み出すことにつながっていくのではないでしょうか。

 

そういった背景を話した上で先ほどの質問に戻ると、現在の日本の教育の中では、クリエイティビティを抑え込まれてしまったり、目標となるクリエイターが周りにいなかったりするので、子どもたちがもともと持っていたはずのクリエイティビティがどんどん収縮していってしまうんです。だからこそ僕たちは、子どもたちと先人のクリエイターたちとを掛け合わせられる環境を作っていきたいんです。

 

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――子どもたちにインスピレーションを与えるには、どんなことをすればいいのでしょうか。

 

 

田中:ワークショップなんかもいいと思いますが、クリエイターが仕事をしている姿を見せるのも有効ですよね。クリエイターが本気で仕事に取り組む様子はオーラみたいなものがありますし、子どもたちはそういったものを感じ取る力はとても強いと思いますから。

 

 

 

アート・デザイン・ビジネス・ポリシーをつなげる円環を作りたい

 

 

――最後に、co-labのこれからについても伺いたいと思います。co-labは設立から20年が経ちましたが、今後取り組みたいことはありますか?

 

 

田中:2027年竣工予定の「虎ノ門一丁目東地区第一種市街地再開発事業」のブランディングディレクターを務めているのですが、2〜5階に導入予定の「(仮称)虎ノ門イノベーションセンター」では、「霞が関の官僚の人々とコラボレーションできるスペース」を目指しています。この国のシステムはどうしても硬直しがちなので、政策の世界にもクリエイティビティのある思考を入れていくことで考え方を柔らかくしていくことが重要だと常々思っていました。そこで、官僚とクリエイターを掛け合わせる取り組みをしたいんですよね。

 

これはクリエイティビティ以前の話かもしれませんが、現在は政策を作る人々との接点はほとんどありません。だから、世の中を幸せにするために当たり前のことを普通にやりましょう、という話をできる場を作りたいんです。実はクリエイターやアーティストは社会を良くするための意見をたくさん持っていますし、一方で官僚の人々も直接社会の声を聞く機会が欲しいはずなんです。社会を変えようとする時、海外ではデモや反対運動のようなものをしますけど、日本に合っているアクションはそうではなくて、お互いに歩み寄れる場を作り、対話することが心を動かすことにつながるのではないでしょうか。

 

これはco-labを立ち上げた頃からずっとやりたいと思っていたことでもあります。アーティストが問題提起し、デザイナーが改善・解決し、ビジネスで社会に普及させ、政策を通じて文化浸透させ、そして再びアートに戻る循環の形を作ることでクリエイティビティを向上させていきたいんです。政策分野は循環の最終フェーズでもあるので、自分の中でも大仕事として位置づけています。

 

 

 

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生田目:僕が春蒔プロジェクトに入社したのは社会を良くしたい、というシンプルな思いを持っていたからです。社会を良い方向に変えていくためには、ポリシーの部分にまで手を加えていかなければなりませんが、現在の活動はそこにつながるものだと感じられますし、今後も楽しみな取り組みが数多くあるので、そういったものをさらに増やしていけるといいですよね。

 

田中:もうひとつ付け加えると、渋谷を拠点にやっていきたいという思いもあります。渋谷キャストに本社を置いているということもありますが、やはりこの地はクリエイターのメッカとも言える特別な場所ですから。

 

 

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