ジャーナル
“不揃いの調和”を紐解く、渋谷キャスト「7周年祭」開催レポート
――渋谷キャストは、多くの方々の鋭意によって誕生しました。それをどのように育んでいくのか。渋谷キャストがどうあるべきか。それらの問いは、渋谷がどうあるべきか、ひいては東京が、この社会がどうあるべきか。そのような大きな問いにもつながっていくはずです。というよりも、つなげていくべきであるとも思います。周年祭という「お祭り」は、その場で生じた歴史や想いを受け止め続けて、それをその節目において、その場や人に還すための依代(よりしろ)であり営みであるべきです。
不揃いの調和。これは渋谷キャストの建築デザインコンセプトでもありながら、願いです。皆様への感謝とともに、そのような想いを深めて広げていくために、周年祭を開催します。――
という告知文からはじまった、渋谷キャストの7周年祭。4月28日と29日の2日間にわたって開催されました。
7年の歳月の中で多くの人が関わり、それぞれの個性を発揮してきたこの場所に対して、「祝う」とはどういうことなのか? 「不揃いの調和」とは? イベントの様子と合わせて、編集者・ライターの山本梓がひとつずつ紐解いていきたいと思います。
<開催概要>
4/28(土)〜4/29日(月) 「渋谷キャスト7周年祭」
主催:渋谷キャスト
ディレクション・編集:熊井晃史
プロジェクトマネジメント:Camp Inc.
デザイン:上妻森土
PR:金祥艾
周年祭のテーマ「不揃いの調和」とは?
「渋谷キャストができるときに生まれた『不揃いの調和』。この言葉をすくい上げ、いろんな角度から見てみるということをしたかったんです」
と、周年祭のディレクターの熊井晃史さん。
「これだ!ってひとつの意味に固定してしまうと、ほかの解釈が生まれない。アイデアも出ないですよね。だからこそ、たくさん言い換えをしてボキャブラリーを増やしていきたかった。そうすることで、おもしろい解釈やフレッシュな発想が生まれていくと思うんです。今回の周年祭では、その“解釈”がより生まれやすい余白を大事にしました」
「不揃いの調和」の意味を豊かに解釈していく。それを渋谷キャストの誕生日会とする。熊井さんは笑ってそう言うと、ブックレットを片手にお客さんにあいさつに向かいました。
「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」
Booklet|『SHIBUYA CAST. memorial booklet』
熊井さんを中心に、周年祭にまつわる制作物のデザイン全般を担当したデザイナーの上妻森土さんや、編集者・ライターとしても活躍するフォトグラファーの日比楽那さんと協力して制作したというコンセプトブック。ポスターや告知の中で次のように紹介されています。
――周年祭と言うけれど、何を祝えばいいのだろうか。日頃の感謝とともに、これからを拓いていくために、可能性の種のようなものを孕む機会にできたらと考えています。そこで、「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」をコンセプトに、これからの都市文化を考えるブックレットを制作。部数限定で、制作チームがガーデンで自ら配布活動を行います――
創業時に生まれた建築デザインコンセプト「不揃いの調和」。創造性を誘発することを願って誕生した渋谷キャストは、まだこれほど「多様性」が叫ばれるようになる前からこの言葉の可能性を信じ、受け入れてきました。このブックレットのテーマ「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」こそが、このコンセプトの言い換えです。熊井さんの言うようにボキャブラリーを豊かにすることは、新たな面白い解釈が生まれることでもあるはずだから。
今後、毎年周年祭のたびに発刊されることとなった特別編集誌『SHIBUYA CAST. memorial booklet』。初回である今回のブックレットの中では、“自家製の公共”づくりを行うグランドレベルの田中元子さん、『WIRED』日本版 元編集長でコンテンツディレクターの若林恵さん、文化人類学者の猪瀬浩平さんへのインタビューが収録されています。「仕事の目的」「発注」「ボランティア」など三者三様の視点から「頼まれなくたってやっちゃうこと」について考えるこのブックレットは、制作チームによって直接来場するお客さまに配布されました。
前夜祭|「『発注向上委員会』立ち上げ!?記念トークイベント」
ブックレットでも、“発注”をテーマに仕事の依頼のしかた、され方について語り、「発注を考える 未来の奴隷にならないために」と題した刺激的なインタビューが掲載されていた若林恵さん。前夜祭として開催されたのは、この若林さんとミュージシャンのtofubeatsさんをゲストに招いた「『発注向上委員会』立ち上げ!?記念トークイベント」。
発注あるあるや過去にあった発注のエピソードといったカジュアルなテーマから始まったトークは、若林さんが長年の問いとして掲げている“発注”のあり方を中心に据えて、立ち上げる予定だというメディア「発注向上委員会」の話題に。権力や資本主義のあり方といった言葉も飛び交い熱を帯びる2人のトークを聞きながら、新たなメディアの誕生に心が高鳴りました。
トークの中で『奴隷会計』という本が紹介され、人が人を管理する思考から「会計」という仕組みが生まれた、という話がありました。わたしたちの人生の多くを占める仕事。それぞれが尊厳を持ちながら、どんな時もどんな立場でも互いに人と人であることを前提としなくてはならない。本来、「発注」の原点は人と人との交流や助け合いであったのかもしれない……そんなことを考えさせられた、貴重な時間でした。
切実さを身につけることで、社会を前進させる
new boutique(ニュー・ブティック)|Gathering photo workshop(Popup Project)
周年祭初日となる4月29日。この日最初のコンテンツは、「装う」を新体験するニューブティックによる、「集合写真ワークショップ」とのこと。朝の9時という早い時間にもかかわらず、会場はすぐに満席に。参加者同士の簡単な自己紹介が終わると(中には「上海から来た」という方も)、「koso mogumogu」による特製朝ごはんで食卓を囲みます。初めて出会う人たちばかりの会場も、おいしい食事に自然と会話の輪が広がっていました。
食事が終わると、会場奥のポップアップショップで気になる服を選んで試着。参加者は、ここで販売されている服を身につけ、渋谷キャストの広場や大階段で集合写真に写るのです。
企画者である杉田聖司さんは、ファッションマガジン『apartment』を主宰。幼い頃から、ファッションは「自分を自分として確立させる、そして自分と誰かを繋げる、欠かせないものだった」と関心を寄せ、今ではファッションの編集者として活動中です。そんな杉田さんがご自身で足を運ぶお店の中で、「不揃いの調和」と共鳴した5つのショップ・ブランドに、ニューブティックへの出店を依頼しました。今回のワークショップへの商品提供にも協力してもらったと言います。
「実際にこれまでファッションマガジンを作ってみて、毎号自分にとっていいものができたと思っています。一方で、そのいいものを誰かが受け取り、そこに生まれる変化を自分自身も感じられるまでに、時間がかかることも知りました。時おり、自分の表現が一方通行に感じてしまうこともあったんです。それで、このイベントでは同じ時間や空間を共有しながら、より相互にいいものを体感して、分かち合える仕組みを作ってみたかった。『集合写真』は、それぞれが「自分が自分としてどうありたいか」を考え服を選んだ先にある、小さな『社会』。ファッションは個人と社会をつなぐ大事なツールでもあると思います。知らなかった人同士が思い思いの格好をして集合写真に写ることで、ファッションが新しい風景や新しい社会のようなものを生み出す可能性を持っていることを、みんなで感じていきたいと思っています」
大階段に集合すると、一人一人から服を選んだ理由やポイントを伝える時間が。参加者から「かわいい!」「いいね」と自然に声があがる場となりました。その中で、普段は絶対着ない服を選んでみた、という男性。
「女性モノのノースリーブを着てみたんですけど。だけど、ふだん目にする女性の中には、薄い素材だったり、おヘソを出す服を着ている人も少なくないですよね。誰がなんと言おうと自分がいいと思った服を着るという『セルフラブ』があるんだなってことに気がつきました」
集合写真の撮影をしていた写真家の野口花梨さんにも話を聞きました。
「集合写真って、その集団のヒエラルキーや人間関係を映し出してしまうものでもあるんですよね。今回はそれをなくしたかった。真ん中にいる人が強いってことではなくて、どこにいてもいいし、こっちを向いていなくてもいい。自然体な姿で写ってもらえたかなと。朝食を食べたり、いっしょに服を選んだりする時間でメンバー同士がリラックスしていたのも、しっかり写真に残っていると思いますよ」
Shop:SEASON、bluesis、FOME、暇午後 -himagogo-、見た目!
Curation:杉田聖司
お店では体験できない、買う・買わないとは違った視点で服を選ぶこと。身につけるものでなりたい自分や、まだ見たことのない自分になれること。その自分のまま誰かと一緒にいられること。それを体感できるワークショップの場では、自由でリラックスした時間が流れていました。
写真:野口花梨
触って、聞いて、眺めて食べて。それぞれの周年祭
Popup Shop|「marchers」
ワークショップが終わると、キャストの顔でもある広場にスパイスカレー「CALIFORNIA SPICE」のキッチンカーが出ていました。店主に話を聞くと、自らDIYしたクルマで日本中を旅しながらカレーを販売していて、最終目標はアメリカ・カリフォルニアに行くことなのだとか。おいしいカレーをいただいて、夢を応援したい気持ちになりました。
隣で展開されていたのは、古着、ハンドメイドアパレル、雑貨などが集まったポップアップショップ。自らの足で立ち、社会に対する姿勢を示す“行進者”をテーマに集った個性的なお店に、道ゆく人々も足を止めます。普段とは様子の違う広場の姿は、まさに彼らが「こうあってほしい」「変えていきたい」と願う、“これからの渋谷”を体現しているようでした。
Shop:Bastone Tokyo、Dill Pickle Club、アイアンドアイ、PLEST、California Spice
Curation : muddler
Sound Installation|飯田誠二「風の調律」
広場のベンチでカレーを食べていると、不思議な音色が聞こえてきます。鉄彫刻家であり、鉄を使った楽器制作のプロである飯田誠二さんが自作の楽器を演奏していました。「クジラの鳴き声みたいでしょう? 周波数が近いんだよね」と集まってきたお客さんに伝えながら、演奏の手は止まりません。会場内にある、風で動く鉄のオブジェも飯田さんによるものだと言います。
「ここでずっと演奏しているんですか?」そう聞いてみると、重しにしている大きな石を指さして「この後これで、石すもうに出ようと思ってるんだよね」と教えてくれました。
Performance|石すもう
出展者からも注目を浴びていた「石すもう」。いったいどんな企画なんだろう? 興味が先行し、会場へ向かいました。「石すもう、渋谷場所を開幕いたします!」行事役のカイツブさんが高らかに宣言すると、大きな拍手が起こりました。
西と東の“石すもう力士”が着席。各々のお気に入りの石を取り出し、石とのエピソードを披露します。そのストーリーと石のカタチで勝敗をつけるのが、石すもうのルール。勝敗を決めるのは拍手の数で、先に3勝したほうが勝ちとなります。
「ここで“おしめり”を」
水で濡らすと、その容姿がまったく変わる石もあり。土俵に上がった石たちは、審査員でもある観客の手から手へとわたっていきます。木目調のような柄に注目する人、握ったときの収まり具合を確かめる人、目を瞑って触る人、写真を撮る人、光に当てて見る人……。気がつくと、観客の数が増え、会場内の熱気がすごいことに。
ルール説明をしていた江崎將史さんに、お話を聞きました。
「こちらは時間配分のことを考えて、お客さんが石を見ている間ほかの人が退屈しないかと内心ひやひやしていたんです。が、『あの(石を観察している)時間がよかった』と少なくない人たちから言われまして。みなさんが真剣に石を見てくれていてよかったです。『石が好き』という人もわりといるんですよね」
「石すもうって、いったい何だろう?」ちょっと様子を見るだけのつもりが、いつの間にか輪の中に入って石を観察する側になっていた。「敷居は低く、気軽に入ってみたら、奥行きがあってさらに先に進みたくなる。そしてその気軽さは変わらずに、それぞれの解釈ができる」と、周年祭のあるべき姿を語っていた熊井さん。石すもうの魅力も、まさにそういうところに繋がっているのかもしれません。
わからないものは境界を揺るがす
Performance|アキビンオオケストラ
当日配られた「Thanks Sale」チケットを利用して、「Marked」のジェラートを無料で、「CITYSHOP NOODLE」のドリンクを200円引きでいただくことができました。
少し休憩しながら明治通りに目を向けると、パフォーマンスが始まっていました。江崎將史さんが主宰するアキビンオオケストラは、動きを伴う空き瓶吹奏集団で、結成して20年になるそう。
よく見ると空き瓶を持って「CITYSHOP NOODLE」の前に立っているメンバーも。その姿はパフォーマンス中というより、まるで誰かと待ち合わせをしているようにも見えます。
彼らの演奏には、日常と非日常の境界線を揺るがすような、新しい発見がありました。
Performance|高橋美佳ダジャレ100連発(4/28のみ)
アキビンオオケストラのメンバーでもある高橋美佳さん。スマホのメモを見つめながら、ひとりでステージに上がった彼女が始めたのは、タイトル通りダジャレの100連発。つぶやくように発せられるダジャレに、はじめは人が少なかったステージも「なんだろうこれは?」と人々が集まり、やがて客席からクスクスと笑いがこぼれ始めました。100発目のダジャレが呟かれる頃には、ステージと客席にも一体感が。
Performance|川口貴大
パフォーマンスも残り少なくなる中、ニューブティックの会場入り口に、脚立と脚立の間に架かったなんとも不安定な橋が現れました。ラップを何重にもした橋の上には重厚な音楽機材が並んでいます。何が起きるのか待っていると、やがて演奏が始まりました。目の前で回転するチューブ。遠くから聞こえる木管楽器の音。ポタポタと滴る水滴。ボウルの中では絶えず空気がぶくぶくと泡を立て……緊張と安穏が混ざったような時間が流れます。
ふと足元に目をやると小学校低学年くらいでしょうか、オモチャで遊ぶ少年。彼にも「何かが起きている」ということが伝わったようで、最後までパフォーマンスを見守っていました。
Sign Planning|光岡幸一「!」
周年祭の会期中、明治通りからもひときわ目をひいたこちらは、サイン看板。道から見上げて感想を述べる人、広場に腰掛けながら首を傾げる人、反応はさまざまです。看板ってわかりやすさが大事だと思うのですが……? 思い切って質問をぶつけてみると、作者の光岡幸一さんが答えてくれました。
「作品の意図については、説明しないようにしているんです。つくった人が話すとそれが答えみたいになってしまうから。立ち止まってボーっとする時間を大切にしてほしいというか。わからないものを手に持って転がすのっておもしろいじゃないですか。それぞれの解釈で、あのサインも見上げてもらえればと思っています。え、石すもうみたいですか?(笑)」
街にひらかれた余白
たとえば「CITYSHOP NOODLE」のテラス席で食事を楽しんでいると、アキビンオオケストラの演奏が始まったり。100%パフォーマンスを鑑賞するというよりも、食事をするという別の用事があった上で、気になって目を向ける。その空間で行われている表現を受け入れ、その瞬間を味わう、という新しい芸術鑑賞のカタチを見た気がしました。
ニューブティックに感じたのは、既存の価値観を疑うこと。「服を選ぶ」、「着る」という行為の間に「試着を本気で楽しむ」という別の解釈がねり込まれ、さらには「集合写真」の新しい解釈にも挑戦していました。着ることで「己の発見につながった」という参加者の言葉も印象的でした。
石すもうは、「余白と解釈のあわせ技」のようなパフォーマンス。あらゆる人たちが関わりをもてるルール、そしてなにより「石は楽しい!」と思える愉快な空間をふたたび欲してしまっている自分がいます。
美術家・光岡さんの最後の言葉にハッとさせられたように、「解釈は自分次第でいいんだよ」という大きな肯定が、全体にめぐらされていた周年祭というイベント。
渋谷キャストを担当する丹野暁江さんは言います。
「いつもお話するのは、『この催し物をつくる人として、まずみなさんが楽しんでください』ということ。出店者や出演者のみなさんの好きを伝えることで、たまたま通りかかっただけの人も足を止めてくれるかもしれない。ターゲットを固定することはしていません。というか、できない。渋谷にいる人すべてがターゲットってことになりますよね。公共空間として、思い思いに過ごしてもらうことが前提の場所ですから」
「不揃いの調和」を別の角度から眺める、を起点にしてたどってきた周年祭。前夜祭を含めた3日間、渋谷キャストはそれぞれの個性が輝きながら、新鮮な意味や独自の解釈が生まれうる余白とともにありました。これが広場の、渋谷キャストの役割ですから。というように。
CREDIT
執筆:山本梓
撮影:持田薫
編集:須藤翔(Camp Inc.)