ジャーナル
みんなで創る「居続けたい」。渋谷キャストの2025年の気づきとひらめき
「遊ぶ、働く、住む」をテーマに、多種多様な文化や人が集まる渋谷・原宿・青山の交差点でクリエイターの活動拠点として運営されてきた渋谷キャスト。渋谷区主催の「渋谷おとなりサンデー」への参加や毎年恒例となっている盆踊りイベント「BON CAST.」、代名詞的なイベントである「渋谷デザイナーズマーケット」、そして毎年趣向を凝らした催しが行われる周年祭──。渋谷キャスト開業の2017年から仕掛けてきたさまざまなイベントがあるなかで、新たなテーマを設けたのが2024年でした。
「とはいえ、そのテーマが正解かどうかは、企画を走らせながら見極めていった」という渋谷キャスト運営メンバーの面々。そうした試行錯誤のなかで、どのような気づきがあったのか。今年主催してきたイベントや取り組みを振り返りながら、目まぐるしく変化していく渋谷という街にどのように貢献していきたいかを、渋谷キャストのコンテンツ企画を手がける東急株式会社 不動産運用事業部 価値創造グループの高木顕一郎さん、白井亜弥さんに伺いました。
「クリエイティブ」をひもといた1年
──そもそも、渋谷キャストではどのようなミッションのもと企画を行っているのでしょうか?
白井 渋谷キャストという施設の価値と周辺のエリアの価値、双方を高めていくことをミッションにしています。それにあたり、ハード(施設)の運営だけではなく、施設がもつ機能や空間を横断的に活用して、この地域の文化醸成という視点からコンテンツ企画を行っています。
──渋谷キャストが手がけるイベントに通底するテーマ、そして2024年に新たに試みたことを教えてください。
高木 これまで渋谷キャストは、「クリエイティブ」を軸にさまざまな企画を行ってきました。2024年は、いかようにも捉えられるクリエイティブという言葉を、より具体化して自分たちの言葉に置き換えていく1年だったと思います。
自分たちもイベントに参加しながら、さまざまな議論や施策を重ねました。結論として、お客さまが「見る側」としてだけでなく、イベントに能動的に参加して頭も手も動かすことによって「気づき」と「ひらめき」を得られる空間が、わたしたちが目指したいクリエイティブな場であると考えました。今年は、渋谷キャストの「居心地の良さ」を軸に、この「気づき」と「ひらめき」というキーワードにひもづけるかたちで各企画を位置づけ直し、実施していきましたね。
しかし、これがはたして正解なのか。わたしたちもわからないまま試行錯誤を続けて、企画を走らせるなかで悩みながら進めていったんです。年間通して、このプロセスがもっとも大変だったと感じています。
地域とつながった2024年
──今年行った企画を振り返ると、そうしたテーマをどのように反映させていきましたか?
高木 2017年から毎年6月の第1日曜日に渋谷区が主催している「渋谷おとなりサンデー」では、スポーツイベント、クラフト体験、ピクニック、クリーン清掃、スタンプラリーなど、渋谷区をまるごと会場にして、区内各所で幅広いイベントを実施しています。パリ発祥の「隣人祭り」にちなんだ渋谷版隣人祭りとして、町会を中心にさまざまな団体が集まって「おとなりさん」のことを知ってもらうことが目的です。
渋谷キャストでは、こうした目的のもと、今年は地域の方々の習い事や活動を披露できるパフォーマンスステージを設けて、より能動的に参加できる仕組みを試みました。
──渋谷キャストでは、毎年恒例となっている盆踊りイベント「BON CAST.」も開催していますよね。ここではどのようなアップデートがあったんでしょうか?
白井 「BON CAST.」は、渋谷の街にも伝統的なイベントを残し続けてほしいという地域の方々の要望を受けて、開業した2017年から渋谷キャストの主催で続けてきました。今年は、より街全体に参加の裾野を広げていきたいという思いから、三井不動産さんとも意見交換をしながら、向かいの「MIYASHITA PARK」との連携を図りました。
白井 その結果、MIYASHITA PARKの盆踊りイベント開催日に、渋谷キャスト内の多目的スペース「SPACE」を浴衣の着付け場所として施設を提供したり、BON CAST.の告知をMIYASHITA PARKにもしていただくといった連携が行えました。
来年以降は、日程を合わせて同時に盆踊りイベントを行うなどして連携を強化しながら、エリア全体で参加できるイベントにしていきたいと思っています。
──また渋谷キャストのイベントといえば、同じく開業時から20回以上開催してきた渋谷デザイナーズマーケット(以下、SDM)がありますよね。
白井 SDMは、渋谷キャストの広場「ガーデン」を活用して、イラストレーターさんを中心とするさまざまなクリエイターの作品が集うマルシェです。今年は初となる出展者の公募もあったので、例年よりもさらに幅広いイラスト・デザイングッズが揃いました。近隣のみなさまの認知がかなり得られてきていて、かつ集客力もあるイベントに育っています。
白井 外(地域)に広がりはじめたSDMに、より施設のなかにいらっしゃる方々が参加できる場を生みだすというのが今年のチャレンジでした。これまでは渋谷キャストが出店いただくクリエイターを選ばせていただいていたのですが、今年は半数を公募とし、渋谷キャストのシェアオフィス「co-lab」に入居するクリエイターの方にも手を挙げていただいて出店してもらうことができました。
11月の渋谷デザイナーズマーケットでは、ライブステージ「Ambi-Christmas by BIG ROMANTIC RECORDS」も開催された
──さまざまなアップデートを試行錯誤するなかで、ポジティブな感触を得られた出来事はありますか?
高木 クリスマスシーズンのイルミネーションを広場で毎年開催しているのですが、今年はそれに加えて、広場の奥にある大階段に立体的なラッピング装飾を施しました。
ポジティブに捉えているのは、そのことに町会の方々をはじめ、地域に長く住むみなさんや渋谷キャストとその周りで働く方々が気づいてくれて、「今年は階段も装飾したんだね」「去年とはまた違う良さがあるね」という言葉をかけていただいたことです。地域の方々が毎年気をとめて、変化にも気づくような街の風景をつくれているんだと、実感できた瞬間でもありましたね。
“みんなでつくる渋谷キャスト”への兆し
──地域に向けたイベントがある一方で、渋谷キャスト施設内ではどのような取り組みを行ったんでしょうか?
白井 渋谷キャストでは、住宅、オフィスとシェアオフィス、カフェ、スーパーなどがコンパクトな施設のなかに凝縮されています。つまり、多種多様なみなさんの顔が見えやすい距離感があるということです。
高木 大規模な施設だと、入居している会社やお店の名前はわかるけど、そこにどんな人がいるかは全然知らない、ということもざらにありますからね。
白井 渋谷キャストはフラっと広場に降りてこられる方や、キッチンカーでお弁当を買う方、イベントに遊びにきてくださる方が多くいるので、日頃からこの施設を使っている人の顔はお互い見えているはずなんです。せっかく顔が見えているのだから、そこからよりお互いを知っていただきたいと思ったんです。
──そのために、具体的にはどういった企画を行ったんでしょうか?
白井 定期的に渋谷キャストに入居されている方々を集めて、交流企画を行いました。と言っても特別なことはやっていなくて……平たくいうと飲み会なのですが、思った以上の反響がありました。
──どのような反応が?
白井 オフィスや商業テナントとして入居されている方や、さまざまな役割でキャストに関わってくださっている多くの人が参加してくださり、結果的に100人くらいの方が集まったんです。想定以上の人数もそうですが、何より「こういう企画がほしかった」という声が多かったことが大きな発見でした。
高木 これまでエレベーターや広場、大階段ですれ違ったり、顔は見たことがあるけど、どこの誰かはわからないまま過ごしていた。そんな意見がやはり多くて、「わたしたちの考えが入居者のみなさんの思いに沿ったものだったんだ」と、とても大きな手応えがありましたね。
白井 「今後こうしてほしい」といった次につながるフィードバックも多く得られましたし、1回やって終わりではなく、今後のことも真剣に考えてくださる方々が集まる場に育っている。もちろんわたしたちが自ら企画して主導していくんですが、今後はもっと渋谷キャストで暮らしたり働くみなさまから新しい企画が生まれそうな予感もしています。このイベントで“みんなでつくる渋谷キャスト”の兆しがみられたことは、大きな収穫でした。
目まぐるしく変化する渋谷に「帰ってきたい」場所を
──来年に向けての展望を教えてください。
高木 来年以降は、渋谷キャストの仲間をより増やしていくための取り組みを行っていきたいですね。「気づき」と「ひらめき」というキーワードに対する感触が徐々に得られた1年だったので、それをさらに促すような「能動的な参加の場」をつくっていくことが来年のテーマです。
──具体的に検討している企画はあるんでしょうか?
高木 渋谷キャストでは毎年周年祭を開催しているのですが、もっとこの場所で働いている方、住んでいる方に参加してもらい、外からも注目を集められるものにしたくて。それに向けて、施設のなかの方々が通年で協働できる企画を走らせたいと考えています。
たとえば、交流企画をいわゆる懇親会のフォーマットから複数回、連続的に参加するものへと変えていきたい。みなさまの力も借りながら「渋谷キャストらしさ」を発掘して、それをビールのパッケージや味、香りに反映するという渋谷キャストのオリジナルクラフトビールプロジェクトなどを検討中です。
──クラフトビール! それは楽しみですね。
白井 長期的な視点から話すと、渋谷キャストという場所がある意味「帰ってきたい」と思ってもらえるような、中間地帯になれたらいいなと思っています。
──と、いいますと?
白井 渋谷キャストの裏のエリアもこれから再開発が進んでいるのですが、そのあたりは裏原宿やキャットストリートにつながる、ストリートカルチャーが根付くエリアです。一方で、明治通りを挟んだ反対側のエリアは、「ザ・渋谷」といえるような、現在多くの方が思い浮かべる渋谷の姿が並んだ華やかなエリアです。
異なる雰囲気のエリアに挟まれた独特かつ中間的な立地条件のなかで、ハブのような存在になれたらと。それぞれのエリアを行き来するときにひとやすみしたり、「渋谷キャストに帰ってきたい」「この場所に居続けたい」そう思ってもらえる場所になることが、10年後、20年後の渋谷キャストの目指すべき姿なんじゃないかと思うんです。
CREDIT
執筆:和田拓也
撮影:須藤翔(Camp Inc.)
編集:横田大、須藤翔(Camp Inc.)