ジャーナル
「本」がつなぐ一人ひとりの物語。渋谷デザイナーズマーケットのあらたな一歩

2017年の渋谷キャスト開業以降、8年にわたって開催している「渋谷デザイナーズマーケット」(以下、SDM)。「自由を楽しみ、デザインするマーケット」を合言葉に、これまで総勢500組以上の方々に出展いただいています。
今回は、「本」をテーマに2025年3月15日(土)〜16日(日)の2日間、渋谷にあって公園のように親しまれる渋谷キャストのガーデン(広場)に加え、屋内にあるイベントスペースでも開催。 移動式本屋や製本ワークショップ、本好きクリエイターによるマーケットなど、本にまつわるたくさんの出展者さんでにぎわいを見せた当日の様子をお届けします!
<開催概要>
3/15(土)〜3/16日(日)「渋谷デザイナーズマーケット」
Aikoberry/Accessibility Japan合同会社/Iku Takahashi/絵本作家 長谷川あかり/かもめブックス/くしだちゅろう/クリヤマロロコ/さきふみこ/しまはらゆうき/JurassicNasu/SUZAKISEREN/世田谷十八番/セロニアスいぬよ/danlabo。/ZKMO(DAISUKE KUNII)/猋社/Dog Health Club/ナイスガイ編集部/南国超級市場/西田 真魚/neighbors × M/BOOK TRUCK/Rino
主催:渋谷キャスト
企画・運営:Camp Inc.
アートワーク・デザイン:橋本太郎
「本」をテーマに、自由を楽しむ!
渋谷デザイナーズマーケットは、渋谷キャストのコンセプト「Share The Creative Life」が示すように、つくり手だけでなく来場者のみなさんもいっしょになって個性を発揮できる場所を目指しています。
年々アップデートを重ねる本イベントですが、今回の開催ではいつもと大きく違う点がありました! そう、これまではあえて定めていなかったイベントテーマを、明確に決めることにしたのです。とはいえ、イベントの色を左右してしまうテーマを定めるのは難しく……。そのとき、出展者のみなさんを間近でずっと見てきた運営スタッフが、「SDMの出展者さんにはZINEをつくっている方が多い」ということに気がつきました。
そこからトントン拍子に話は進んでいきました。「本」というテーマにちなんでキービジュアルは、有益な情報を一切掲載しないZINEをつくる「ナイスガイ編集部」としてSDMに最初期から参加している、デザイナーの橋本太郎さんが担当。
イベントには、本にまつわる作品をつくられているイラストレーターさんやデザイナーさんはもちろん、出版社や本屋さん、校閲・校正のベテランといった幅広いジャンルの「本」のプロたちにも出展いただくことに。前回に引き続き行った公募からもたくさんの応募があり、当日は総勢24組の出展者さんによる本にまつわるさまざまなデザインが集いました。
多彩な本好きが渋谷キャストに集まり、たくさんの交流が生まれた2日間。ここからは出展者のみなさまが「本」というテーマに込めた想いや挑戦を、写真を交えてご紹介します。
移動式本屋がみなさんをお出迎え
会場についてまず目に入ってきたのは、大階段のふもとのたくさんの本棚と、本をぎっしり積み込んだかわいい水色のトラック。2012年から10年以上、移動式本屋として全国各地のイベントを中心に出店を続ける「BOOK TRUCK」さん。本をモチーフにしたアパレルブランド「BOOKSELLERS CLOTHING ISSUE」のTシャツやトートバッグなど、かわいい雑貨もいっぱいで目移りしてしまいます。
何度かSDMにも出店いただいている店主の三田さんですが、いつもお客さんがまだ見ぬ本に出会えるようにと、なんと毎回500〜800冊もの本をイベントごとに用意してくれています。今回は、とある本屋の店主さんがつくった本やZINEのつくり方についての本など、本を愛する人に向けたものを多く選書いただきました。
それと実は三田さん、今回のSDMには以前から「読んでみたい」と気になっていた作家さんが出展されていたようで、後日「その方の本を取り扱わせていただくことになりました!」と、うれしい報告をいただきました。
意外と簡単! 本作りの楽しさを分かち合う
スペースのエントランス近くでは、神楽坂にある本屋「かもめブックス」の店主で校正・校閲の会社「鴎来堂」を営む、柳下恭平さんによる製本ワークショップが開催されていました。予約不要かつワンコインという手軽さから、大人から子どもまでさまざまな方が楽しそうに本作りに挑戦中!
今回教わったのは、「変形蛇腹折」という綴じ方。用意されているA4の紙に、線に沿って切り込みを入れて、あとは順に折っていくだけ……という手軽さで、あっという間に完成しちゃいます。なんとなく難しいイメージがある製本の工程。特別なツールを使わなくとも、つくり方によっては簡単につくることができるとわかり、ZINEや本作りに対する敷居をグッと下げてくれました。
ZINEにエッセイに漫画、世界にひとつだけの「本」
スペースではほかにも小説やエッセイ、漫画に写真集に絵本、ユニークなテーマのZINEに加え、本をテーマにした作家さん思い思いの作品がずらりと並ぶマーケットが開催中でした。どれもすてきで選べない!のですが、出展者のみなさんの想いのこもった本(作品)をダイジェストでご紹介します。
Aikoberry
台湾出身のイラストレーター・Aikoberryさんは、つくるZINEのほとんどがリソグラフというくらい、リソの魅力にどっぷりハマっているのだとか。レトロな色味が作風と合っていてすごくかわいい! ほかにも自分の作品に限らず、仲の良い作家さんと互いのZINEをブースで販売しあうという、斬新なスタイルで店先を飾ってくれていたAikoberryさん。今回はオーストラリアの作家さんのZINEを紹介してくれていました。
Rino
大の本好きだというイラストレーターのRinoさんは、ZINE制作のスキルを向上すべく、2024年にSPBSで数ヶ月にわたる編集ワークショップを受講したそうです。「雑誌づくり、すべてが学びでした! 編集やライティング、デザインなど、それぞれのプロへのリスペクトが高まりました」今回のSDMでは、そんな学びの集大成となるインディペンデントマガジンを発売。編集のいろはを学んだRinoさんの今後の作品にも目が離せません。
猋社(つむじかぜしゃ)
ひとり出版レーベル・猋社(つむじかぜしゃ)の佐古さんは、広告制作会社を経て「暮らしに定着するものづくりがしたい」と絵本の出版社に転職。2024年に猋社を立ち上げ、2025年5月にはついに東京・小金井市に実店舗を構えることになったそうです。いっしょに写っているのは本づくりを共にした漫画家・音楽家の寺田燿児さん。
絵本作家 長谷川あかり
「絵本には人の心を癒したり元気づけたりする力があると思うんです」そう話すのは公募から応募してくださった、絵本作家の長谷川あかりさん。長谷川さんの絵本はどれも、「これ絶対子ども好きだろうなあ」と思うような、ページをめくるたびにくすっと笑ってしまう心温まるものばかり! 絵本をモチーフにしたワークショップや似顔絵も大人気でした。
くしだちゅろう
くしだちゅろうさんの作品は、何人かで制作しているのかと勘違いしてしまうほどの幅広い作風が魅力です。最近はおもに漫画に注力しているそうで、2024年には“ぬる繭”なサナギたちの日常を描いたコミック『コクーンの島』(路草コミックス)を発売。テーマに合わせ用意してくれた、思わず本を手に取りたくなるようなイラスト付きブックカバーもくしださんらしいスパイスが効いていました。
セロニアスいぬよ
いちど聞いたら忘れられないお名前の持ち主、セロニアスいぬよさん。犬やお酒など、ご自身が好きなものと関連付けて作品をつくっているそう。ご自身の経験を元にした「『できない』についてのエッセイZINE」やコラージュのステッカー作品など、新作アイテムを多数ご用意して出展いただきました。中でも、ZINEを缶に詰め込むという独創的なパッケージは、見る人全員を驚かせていました。
ナイスガイ編集部
2012年から「有益な情報を一切発信しないこと」をコンセプトにZINEをつくり続けているナイスガイ編集部さん。その作品は、算数の文章題や漢字の書き取り問題など無機質なテキストに情緒をのせた『泣ける過去問』をはじめ、ユーモアたっぷりの作品ばかり! ナイスガイさんはSDMの常連ということもあり、この場をきっかけにつながった人と後日イベントを企画することも多いそう。
個性が光る「本」にまつわるエトセトラ
出展者さんの中には「本」そのものではなく、しおりやノートはたまたレターセットなど本から連想されるアイテムを携えて参加してくださった方も。「自由を楽しむ」というコンセプトが頭をよぎるような、それぞれの個性が光るマーケットとなりました。
Iku Takahashi
しおり型の名刺が目をひく、イラストレーターのIku Takahashiさん。もともと興味はあったものの、今回ZINEづくりに初挑戦してみたそう。Instagram上で発表していた抽象画と日記からなる作品と、イタリアに行ったときの出来事を写真と文章でまとめた2冊のZINE。このイベントが「やってみたかったことを後押しするきっかけになった」と聞いて感無量でした。
さきふみこ
漫画家のさきふみこさんにとって、本は「おまもり」なのだと言います。手のひらサイズの読書ノートも、蓄光で光るキーホルダーも、描かれているのは本の持つ、おまもりのような一面を汲んでつくったオリジナルキャラクターだそう。またグッズだけでなく、新たな試みとしてはじめた「物憂げな似顔絵」では、今まで気づけなかった新しい自分の一面にも出会えそうです。
クリヤマロロコ
ひょんなきっかけから、地球の人々を癒すためにやってきた変な生物「モジャモジャ」をつくっているというクリヤマロロコさん。お手製の什器が目をひくクリヤマさん、あるときはモジャをゲームの景品にするなど、毎回趣向を変えて出展してくれています。今回「本」がテーマと聞いて、本からモジャがひょっこり現れるしおりを制作。おまけとしてプレゼントしていた「本を読むモジャ」のステッカーもかわいくて、どの子をお迎えしようか……。
JurassicNasu
普段は香川でグラフィックデザインのお仕事やご自身でギャラリーを営むかたわら、ぬいぐるみを中心に作品づくりをしているJurassicNasuさん。このかわいいレターセットはなんと、それぞれ異なる会社で印刷した後、手作業で封入しているそう!「なんかこだわっちゃうんですよね」とほがらかに話すJurassicNasuさんから、作品に込める大きな愛を感じました。
Accessibility Japan合同会社
AIや3Dプリンティングの技術を用いて補聴器やオーディオ機器の開発を手がけるAccessibility Japan合同会社さん。代表の吉原純一郎さんは渋谷キャストの13Fで“拡張家族”として暮らすCiftのメンバーで、ふだんから渋谷キャストで暮らし・働いているそう。土に還る素材でつくられたしおりや、コードがジッパーになっている絡みにくいイヤホンなど、つい「これは何ですか?」と聞きたくなるような目を引くプロダクトが満載でした。
出会いのときめきと、聞けば聞くほどあふれる魅力
いつもSDMで感じることですが、想いのこもった作品はどれも見た瞬間に感じるときめきを持ちながらも、ぱっと見ただけでは伝わらない深みを備えています。ただ互いにはじめましての関係では、その魅力に気づくまでいたれないことも。
取材として一人ひとりのお話を聞けたこともそうですが、はじめてテーマを決めて行った今回。「本」という共通語を通してそれぞれのストーリーを追体験させてもらうことで、作品の持つ魅力が増していくように感じました。イベント中いつも以上に、クリエイターさんとお客さんの楽しげな会話があちらこちらで起こっていたのも、きっと偶然じゃないはず。
SNSなど画面越しでしか見られなかった作品も、ここに来れば自分の目で見てさわってつくり手との会話も楽しめる。クリエイターはクリエイターで展示はそう頻繁に行えないけれど、ここならすこし実験的に気軽に作品を発表できる。作家同士あるいはお客さんとアイデアを交換し新たな表現の機会を産み出す。今年から積極的に参加している「Cift」やシェアオフィス「co-lab」など渋谷キャストで働き・暮らし・遊ぶメンバーたちの活躍も見逃せません。
「自由を楽しみ、デザインする」の言葉のとおり、10年目まであとひと息ながら多様さを増すSDM。わかりやすいものは一つとしてなくて、話を聞けば聞くほど発見や気づきがある。そんな古参カルチャーマーケットの、今後がとても楽しみとなった今回でした。
次回の渋谷デザイナーズマーケットは、5月17日(土)と5月18日(日)の2日間。テーマは原点回帰となる「自由」。今回にもまして、出展者さんそれぞれの解釈を作品と対話を通じて楽しむことができそうです。
テーマにちなんで、DJやライブペイント、ワークショップにフード・ドリンク販売など、さらに多彩なコンテンツもご用意しております。一年でいちばん気持ちのいい季節に、カルチャーの風を感じにぜひ渋谷キャストにいらしてください!
次回イベントの詳細はこちら
https://shibuyacast.jp/event/detail/?cd=000214
CREDIT
執筆・撮影:Re!na(Camp Inc.)
編集:横田大、須藤翔(Camp Inc.)
デザイン:山下舞、植木駿(Camp Inc.)