ジャーナル
誰かの人生と出会い、互いをおもしろがった、雨の渋谷デザイナーズマーケット
渋谷キャスト開業とともにはじまり、今年で9年目を迎えた「渋谷デザイナーズマーケット」(以下、SDM)は、つくり手とお客さんが作品を通じて出会い、この場所に新たなつながりを育んできたイベントです。「自由を楽しみ、デザインする」を合言葉に、イラストレーターやクラフト作家、編集者、ミュージシャンなど、これまでに600組を超える多彩な表現者たちが集ってきました。
いつもなら新緑の広場に黄色いパラソルが目印のSDMですが、今回は台風の影響により残念ながら1日目は中止、2日目も館内のみの実施に。総勢23組のクリエイターが、「イラストレーション」をテーマに文字通り一堂に会し、作品の展示・販売はもちろん、ライブペイントやワークショップを通じて行い、いつもとはすこし違った距離感で交わった一日となりました。
たぶん、あまりレポートになることはないであろう、雨の日だからこそ生まれたマーケットの景色。そのちょっと特別な距離感は、作品の向こう側にあるつくり手との対話から見えてきたものとは、どんなものだったのでしょうか。場を包んでいた自由で穏やかな時間ごと、たっぷりとレポートでお届けします!
<開催概要>
2026年6月28日(日)
「渋谷デザイナーズマーケット」
主催:渋谷キャスト
企画運営・告知物デザイン:Camp Inc.
企画協力:vision track・ubies
キービジュアルイラスト:YUKI UEBO
まずは「自由」を描いてみる
ここ数日、天気予報をじっと見守っていた。台風の進路が気になっていたが予報は外れず、週末のうち日曜日だけ館内での開催となったSDM。いつもなら渋谷キャストのガーデンいっぱいに並ぶ黄色いテントが見られないのはすこし残念。だけど「それはそれでいつもとは違う景色が見られるということかも」と、ひとりごちながら会場へ。
会場の奥では、ワークショップが開催されていた。手をなぞった形や描きかけのモチーフから、生き物? 景色?といった新たな世界を生み出していく。まずはじめに、「これはどう見てもグラスでしょう」というモチーフが半分だけプリントされた紙が配られる。
「ここからイメージできるものを、自由に描いてもらっているんです」ワークショップを担当するvisiontrackの平出さんとubiesのエビリナさんが案内をしてくれた。テーブルには、子どもたちの姿も。お父さんだろうか、子どもに負けじと一心不乱になにかを描いている。

覗き込んで見ると、みんな各々でいいなあ。よし! 筆者もワークショップに参加して、絵を描いてみるとしよう。どう見てもワイングラスなこの子を……。見方をかえて……こうしてこうして。
絵のできばえに満足し、出展ブースのほうに顔をあげると、SDMを運営するCampの橋本ゆうさんと目が合った。すこし話を聞かせてもらう。
「自由を楽しむマーケットなんです、だからわりと空気感さえ合えばなんでもありで」橋本さんは笑いながらそう話す。
その言葉のとおり、2017年のスタート以来、SDMにはイラストレーターや編集者、クラフト作家、カメラマン、デザイナー、ミュージシャン、DJ、占い師、本屋、クラウン、マッサージ師、異国料理屋などなど、約600組を超えるクリエイターが集まり、ユニークな表現との出会いの場となってきた。最近は開催ごとにテーマを変えているという。
「今回のテーマは『イラストレーション』です。唯一無二のイラストが放つ魅力を存分に体験してもらいたいし、作家さんたちとの会話もぜひ楽しんでいってください」

ワークショップで筆者が描いた作品。題して、「踊るフラミンゴ」。
作品の向こうに、つくり手がいる
橋本さんにSDMの楽しみ方をレクチャーしてもらい、再び会場をまわる。
ふと、大相撲の土俵入りのシーンが描かれたクリアファイルに、釘付けになった。相撲は好きでよく観ているけれど、こんなに賑やかで濃厚な……。
作者のYUKI UEBOさんに、そのまま感想を伝えてみる。
「たくさん人が集まっている大衆のシーンが好きで、お相撲は力士だけじゃなく、周りにいる観客の様子もよく観察するんです。自由に作品を描くときには、こういう密度の高いものを描くことが多いですね。今回もそんな“大衆系”を中心に持ってきました」

YUKI UEBOさんは、今回SDMのキービジュアルも担当されたそうだ。
「トレードマークといえる黄色いパラソルを有機的に、生き物みたいに描きたいなと思って。今回のテーマが『イラストレーション』なので、展示をしている人をメインにいろんな人がいて。ちょっと後ろのほう、テントと一緒に飛ばされてる人とかもいて(笑)」

YUKI UEBOさんは、今回のSDMが初出展とのこと。初参加とは思えないのびのびとした雰囲気を感じさせるキービジュアルになっていた。
「普段は一人で作業をしていることがほとんどなので、けっこう孤独なんですよね。だからこうして、直接お客さんから反応をもらえるとうれしいし、今後のモチベーションにもつながっていくと実感しました。出展自体はじめてなので、値付けやPOPは試行錯誤。でもお客さんが来てくれることがうれしくて、つい商品なのにあげちゃったり(笑)。アーティスト同士の交流ができるのもありがたいですね。お隣の方に教えてもらいながら、楽しくやっています」
「かわいい」は止められない
これは、縄文土器? 民芸作品? はたまた……?? 印象的なカタチにすっかり魅せられてしまったのは、書籍装画などを手がけるイラストレーターのOJIYUさん。今回は、来場者の似顔絵を独自のテイストで描きあげ、その場で一枚ずつプリントアウトする、オリジナルカードをつくっていた。

OJIYUさんによる「象徴的ポートレート」。人のなかにある見えないものを表現しているという。1枚ずつ描かれるうちわも人気。
続いてのマモ川上さんは、3月までロンドンを拠点に活動していたアーティスト。ロンドンのインディーロックシーンを、シンプルでかわいらしいモチーフとともに紹介する骨太なZINEを発刊するなど、精力的な活動を行っている。マモ川上さんも今回SDM初出展だ。

「渋谷を感じるイベントだなと思います。自由で活発な感じが。今回は、新しい作品をつくったので、持って行くのにいい機会だなと。日本に帰国して、次のステップに挑戦しようというタイミングなので、創作活動のきっかけがなにか生まれたらうれしいですね」とマモ川上さん
隣でマモ川上さんの作品に見入っていた来場者の方に、声をかけてみる。SDMをどこで知ったのだろう?
「屋外で開催しているときに、はじめて来たのが最初です。姉がイラストを描いていて出展をしていたんです。今回姉は出ていないんですが、インスタで開催を知って行ってみようと。SDMのよさですか? みんなが知らないものを知れるところ、ですね。あとは単純に、対面で作家さんたちとお話できるのが楽しいです。
作品がどうやってできたのかとか普段のお仕事のこととか、自分がなり得なかった人生をたどってる方々のお話ってすごくおもしろいんですよね。アートに明るくなくっても、居場所があるなと感じます」

お話を聞きながら展示された作品に目をやると、ゴリラがイチゴを支えているマグネットに心がロックオンされる。隣で見ていたお客さんが言う。
「えー!大きいの、もう売れちゃったんですか? 手塗りで1000円って、ほんと破格ですよね」
耳が大きくなり、気がつけばゴリラマグネットを購入していた。……今日は取材だよね? と自分にツッコミを入れながら財布をしまう。

「自分がなり得なかった人生」という言葉が、すとんと腹落ちした。筆者自身も、この日だけで何人ものクリエイターの人生をすこしずつのぞかせてもらった気がする。
「直接会える」が、この場の魅力
午前中ずっと歩き回っていたら、お腹が鳴った。編集者のSくんが「一息入れましょう」と救いの手を差し伸べてくれ、前のめりでついていく。
ガーデンに出ると、ちょうど雨はやんでいた。フードトラックで、自家製ホットドッグを食べようというわけか。

ホットドッグ専門店・NOWEATによる、ホットドック。注文を受けてから焼きあげるスタイルで、調理中も店主さんによる愉快なおしゃべりを楽しませてもらった。

雨も落ち着いたガーデンで、できたてのホットドッグにかぶりつく。ふわふわのやさしいコッペパンに肉肉しいソーセージの存在感。両者が口のなかで手をとりあい、旨みが広がっていく。空腹にしみる〜!
横を見ると、vision trackの光冨章高さんも同じようにホットドッグをほおばっていた。「おいしいですね〜」の共有から、話題はSDMの出展アーティストたちのことに。
vision trackは国内外で活躍するイラストレーター・エージェンシーで、SDMにはさまざまな企画やキュレーションを通じて関わり続けている。イラストレーションを起点に、新しい表現を生み出してきたvision trackへの信頼は厚く、Campから「一緒におもしろいことを仕掛けたい」と相談を持ちかけることもしばしば。
長きにわたり、アーティストとの伴走やSDM自体の変遷を見続けてきた光冨さん。「イラストレーション」がテーマの今回、出展アーティストの推薦もしている彼に、その想いを聞いてみた。
「僕らが普段関わっているアーティストさんたちは、広告やクライアントワークをやっている方が多いです。実は活躍されている方でも、こういうイベントに出てる方って、ほとんどいないんですよね。だからこそ、SDMにお声かけして、直接作品に触れてもらえる機会をつくれたらいいなと。
一方で来場するお客さんには、イラストを目にしたことはあるアーティストのグッズやあたらしい作風にあらためて出会ってもらえる機会になればいいなと思ってます」
キービジュアルを担当したYUKI UEBOさんも、同じことを言っていた。今日は一日に何人ものアーティストに話を聞いてきたけれど、不思議なくらいみんなが同じ言葉を口にする。
「直接会えるのがうれしい」それが、このマーケットを支えている空気なのかもしれない。

「SDMは、クライアントとのお仕事だけじゃなくて、自発的に作品をつくってお客さんに直接渡せる機会。ありがたいと思ってずっと参加しています」とは、初期メンと言っていいほど常連の永山恵さん。

4回目の出展となるZKMO / DAISUKE KUNIIさんは「今回はじめて気づいたんですけど、男性も女性も年齢関係なく『かわいい』って言ってるときの顔がめっちゃいいんですよね」と笑う。いい話。
はじめての出展、その一歩を応援する場
さて、ここからはvisiontrack&Campがおすすめする注目のアーティストをご紹介。いずれも、初出展の2組だ。
滋賀県から来たDORYさんは、なんと“人生初出展”だという。ブースには、チャームやキーホルダー、置物などの小物が並び、お客さんがひっきりなしにやってきている。
「自分の頭の中に思い浮かんだものを絵にしています。描いた絵を立体にしたらどうなるかな?と思って、今回は初めて粘土をやってみました」とDORYさん。

“人生初出展”のDORYさんは緊張しながらも、お客さんとの交流を楽しんでいた。小さな陶器の置物を「インターホンの上に置いたらかわいいかも」というお客さんの声を聞いて、作品の見せ方の可能性が広がったという。
お次は、一般公募枠から応募して出展しているといういちかわ りくさん。きっかけは、知り合いの作家が「あなたに合いそうなイベントがあるよ」と教えてくれたことから。過去のイベントの様子を見て、すてきだと思って応募を決めたという。

「はじめは緊張でガクブルしていたんですが、いざ出展してみると、お客さんもスタッフの方もすごく親切で、会場内も和やかな雰囲気。とっても居心地がいいです。いつもはあんまり似顔絵ってやらないんですけど、お客さんとのコミュニケーションが生まれるかなと思って今日は準備してきました。人だけじゃなくて、ワンちゃんやネコちゃんの似顔絵もやっています」
ちょうど、いちかわさんのところにワンちゃんの似顔絵を受けとりに来たお客さんが。

実家のワンちゃんの似顔絵が完成。リクエストした王冠がアクセントになっている。できばえにも満足とのこと。ちなみに、筆者はいちかわさんによるくまの手ぬぐいをゲット。かわいい……。
見えてきた「自由」の輪郭
今日一日で、「自由」という言葉をたくさん耳にした。けれど、自由という言葉はあまりに大きくて、最初はどこか漠然としたものに感じていた。それでも、出展アーティストや来場者、運営スタッフと話を重ねるうちに、その輪郭がすこしずつ見えてきた気がする。
手形から生き物を描く人がいて、ゴリラとイチゴのマグネットに心を奪われる人がいて、アーティストの人生に想いを馳せる人がいる。それぞれが思い思いに表現し、誰かがそれをおもしろがる。
ここには、「こうでなければいけない」がなかった。
筆者自身も、今日一日でたくさん買い物をした。たとえ「取材だぞ」と気張っていても、この場にいるといつのまにか、かわいいものや心ときめくものを探す自分になっている。
それは作品を買うというより、一つひとつの作品が生まれた理由やつくり手との対話、そのときの表情まで一緒に持ち帰るような感覚だった。あいにくの雨が、表現との距離をぐっと近づけてくれたのかもしれない。ここは、誰かの人生と自分の時間が自然と交差し、互いをおもしろがり合う場所。それこそが「“自由”を楽しみ、デザインするマーケット」なのだと思う。
会場から外に出る。雨はすっかりあがり、オレンジの空が渋谷を行き交うの人々の顔をやわらかく照らしていた。
◼︎CREDIT
執筆:山本梓
撮影:須藤翔(Camp Inc.)
編集:横田大、裏谷文野、橋本ゆう(Camp Inc.)
デザイン:山下舞(Camp Inc.)
◼︎関連リンク
「イラストワークショップで生まれた『アイデアの木』──制限があるからこそ広がる自由な表現」
今回のSDMに企画協力として参加したvision trackによる、ワークショップやアーティストのキュレーションについてのnoteも公開されています。SDMで生まれた自由な表現や、つくり手との出会いを、また違った視点からご覧いただけます。