SHIBUYA CAST./渋谷キャスト

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THINKING
2020/12/24
【SHIBUYA CAST. 探訪】

渋谷のひとつの風景としてどうあるべきか。
クリエイターの日常とともに、生きる建築

渋谷のひとつの風景としてどうあるべきか。 クリエイターの日常とともに、生きる建築

クリエイティブの担い手が集まる渋谷キャストは、渋谷駅周辺の大規模再開発プロジェクトの一つとして、生まれました。
昨今、東京では至るところで再開発が進行し、多くの大型複合施設が建設されています。各施設がどんな背景や思いでつくられたのか、建設に至る裏側の部分はあまり語られることはありませんが、そこに一歩踏み込むと、渋谷キャストの成り立ちや考え方は、かなり特殊であることがわかります。

その特殊性を象徴するのが、ディベロッパーが単一の設計会社に依頼するという一般的な座組みではなく、複数の個人クリエイターが大企業とともにつくりあげる「集合知」を用いた新しい手法で進められた設計プロセスです。

 

「『各デザインパートごとに個々のクリエイターがデザインし、相互に影響を与えながら練り上げていく』という効率よりもプロセスを重視した手法は、日本の大型複合施設としてあまり前例のないものではないかと思います。 またクリエイターの集積である渋谷らしく、コンテクストをコンセプトに反映させようという思いもありました。ボトムアップ型の都市開発の必要性をバブル崩壊直後から考えてきましたが、時代が求めるタイミングが来たんだと感じます。
画一的な都市開発を問題視する声もある中で、渋谷キャストの存在意義は大きいと思うんです。ヨーロッパでは、現代建築が文化遺産として認識され、そこで紡がれる日常を街に開くことで、建築が学びの場として機能しています。渋谷キャストも、建築の背景に込められた思い、そこで生まれた挑戦の数々を多くの人に知ってもらうことができれば、日本の都市全体に多面的な見え方を与え、魅力を多く感じるようになるかもしれません」

 

こう語るのは、新たなデザイン手法で重要なポイントとなる「デザインディレクション」を担い、絶妙なバランスで気鋭のクリエイターの「キャスティング」を手がけた春蒔プロジェクト株式会社の田中陽明さんです。多様なクリエイターの「挑戦の集積」とも言える渋谷キャストで生まれた知見は、これからの都市開発を考える上でヒントになるはず。そんな期待も込めて、今回は田中さんを案内人に渋谷キャストの建物をめぐり、その存在意義を建築的な視点から考えてみました。大型複合施設でありながら、クリエイターの日常とともにあり、新たな挑戦が生まれ続ける「生きた建築」を感じてみてください。

 

 

【プロフィール】
田中陽明さん
春蒔プロジェクト株式会社代表取締役、co-lab企画運営代表、クリエイティブ・ディレクター
2003年にクリエイター専用のシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab」を始動し、2005年春蒔プロジェクト株式会社を設立。国内外を問わず、クリエイター向けシェアオフィスにおける草分け的な存在。渋谷キャストには構想段階から参画し、施設全体のデザインディレクションを手がけるなど設立の中心的役割を担い、開業後の施設運営にも深く関わっている。

 

 

PHOTOGRAPHS BY Masanori IKEDA (YUKAI)
TEXT BY Atsumi NAKAZATO

「不揃いの調和」は、クリエイターの挑戦の証


渋谷キャストの建築のデザインコンセプト※は、「不揃いの調和」。個々のクリエイターの創造性を最大限に生かすことを考え、導き出されました。その言葉の通り、建物全体に目を向けると、空間の多様な要素がそれぞれ個性を表しながらも共鳴し合い、まとまりのある全体像を織りなしています。ぜひ実際に訪れていただきたいところですが、その代表的な部分をピックアップして、紹介していきましょう。

 

※デザインディレクション:春蒔プロジェクト/田中陽明、Tone&Matter/広瀬郁(企画・キャスティング)、FEEL GOOD CREATION/玉井美由紀(デザインコード・CMF)

 

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▶︎ ファサード/noiz(豊田啓介、大野友資)

 

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まず、渋谷キャストの建築を特徴づけるのがファサードです。
パタパタと揺らめいているように見えますが、実は角度の異なる3種類のフィンが固定されているこのファサード。固定されていると言っても、光の反射、人の動き、季節の移り変わりなどによって、壁面に描かれる陰影の模様が変化して見えるよう緻密に設計されています。
さらに高層部は、同じく3種類の角度を持つリブ状のコンクリート板によって動きを持たせました。この組み合わせによって、一つひとつの部材は不揃いながらも、全体として一つの群れのような動きが感じられます。

 

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このファサードのデザインを監修したのは、コンピューテーショナルデザインを用いた建築・都市設計手法に長けたnoiz・豊田啓介さんと大野友資さん。渋谷キャストの「顔」ともいえる部分ですが、こうしたデザインに至る背景には、西日対策として窓面が東側に設けられ、明治通り側のファサードに室外機置き場があるという構造的制約の中、その壁面をいかに表現するかという重要なテーマがありました。

 

そうした課題に対し、ポジティブな要素や機能を持たせつつ、シンプルな構造で実現されたのが、現在の形です。
「豊田さんが得意とするコンピューテーショナルデザインによって、建物正面の中央部にある室外機置き場を多方向のフィンで覆い隠し、高層部や両サイドのコンクリート板と組み合わせることで、マイナスの状態にあったファサードを建物のシンボルへと転換させました。コンピューテーショナルにつくり出される風景の新たな可能性を感じさせます」

 

 

 

▶︎ 広場・ランドスケープ/noiz(豊田啓介、大野友資)

 

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そんなファサードの下に広がるのは、緑豊かな広場です。
仕事や雑談をする大人たちを横目に、子どもたちが遊んだり、宿題をしたり。渋谷キャストの広場には、風景としての「不揃いの調和」が実現しています。ランドスケープのデザインも、ファサードを手がけた豊田さんによるものです。

 

水の波紋のように点在する円形の植栽帯が特徴的ですが、この形がさまざまなスケールの居場所を見つけることができる大きなポイントとなっています。
大小異なる円形を配置することで、「たまり(=留まりやすい余白)」をつくり、さらに高さも変えることでベンチやテーブルとなり、集まる人が用途に合わせて自由な使い方ができるように設計。ここにもコンピューテーショナルデザインが活用されており、限られた広場空間を最大限に生かすために、メタボールという計算方式を取り入れ、動線を残しながら緑地面積を確保し、ベンチを最大100席分取れるような配置にするなど、デジタルによって緻密にデザインされています。

 

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「オープンでありながら、隠れ家的な部分もあり、コンピュータで計算されたように感じさせない自然な居心地の良さと機能性を両立しています。完全な私有地でありながらパブリック感を演出している、これほど大きな公開空地は渋谷駅前ではここだけでしょう。いろんな可能性を秘めた場所だなと思っています」

 

 

 

▶︎ 常設インスタレーション「Axyz」:ライゾマティクス(有國恵介)

 

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渋谷キャストの建物を貫く、渋谷から青山方面へ抜ける貫通通路。この動きのある空間を演出するのが、インスタレーション「Axyz」です。
3本の柱からなる建築構造に溶け込むかのように複数のディスプレイとマルチサウンドシステムが設置され、流れる映像・音像は、時刻・天気・季節などに合わせて変化します。日本のクリエイティブシーンを牽引するライゾマティクスの作品がこうして外部に常設されているのは、日本でもあまり例がありません。

 

企画プロデュースを手がけた有國恵介さんは、「広告が流れるデジタルサイネージを設置したい」という依頼に対して、「一過性の広告ではなく、長くそこに残るような表現をつくり、人と空間の関わりを生み出す」ことに挑戦し、常設の作品へと進化させました。表情を変えながら流れる映像と音像は、この空間に違和感なく馴染んでいます。

 

「貫通通路は人が行き来する通りであり、変化し続ける作品は空間の機能にも調和しています。オーディオビジュアル作品を常設化し、建築構造と一体化させる手法は、他に類を見ない挑戦的な試みだったと思います」

 

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▶︎ シェアオフィス「co-lab」:POINT 長岡勉 + 加藤直樹 / 施工 TANK(柴田祐希)

 

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1・2階に入居するのが、クリエイター専用のシェアオフィス「co-lab渋谷キャスト」。クリエイティブで街に貢献するためのエンジン役を担う渋谷キャストの中核施設です。co-labの創設メンバーでもある建築家・長岡勉さんによって、集合知を生み出しやすい空間が実現しています。
1階はキオスク型の受付を囲むように会議室や工房などがあり、2階には、円環状にレイアウトされた各クリエイターブースの中心に、自然とクリエイター同士のコミュニケーションが生まれるよう大きな丸いテーブルが配置されています。

 

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「このすり鉢状のワークスペースで定期的にイベントを行っていますが、参加するしないに関わらず、人の気配が伝わるような形にして、周りを巻き込むような空間をつくっています」

 

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1階と2階をつなぐ階段の踊り場には、個性的な小魚(クリエーター)が、大きな魚(大企業や行政)と並走しながら、課題に向き合っていく様子が描かれています。これは、絵本「スイミー」にインスパイアされたもので、「オリジナリティを有するクリエイターが集合体になり、協働しながら課題を解決していく」というco-labの姿勢を表現しています。

 

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▶︎ コレクティブハウス「Cift」:成瀬・猪熊建築設計事務所(成瀬友梨、猪熊純、本多美里)

 

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渋谷キャストの上階は住宅となっており、13階には19の住戸と共用部からなるコレクティブハウスがあります。
ここでは、「家族のあり方」をめぐる社会実験に取り組むクリエイターのコミュニティ「Cift」のメンバーが共同生活を送っています。
各住戸の入り口には自身の作品などを飾るラックがあり、住人たちの個性が発揮された一角を見ると、ここでの充実した暮らしぶりが伝わってきます。住人の多くは玄関の鍵をかけないスタイルをとり、渋谷のど真ん中にありながら古き良き長屋のような雰囲気があります。
(この日たまたまいらっしゃった住民の方も、慣れたように部屋へ案内してくれました)

 

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このフロアは、シェアハウス・シェアオフィス空間のデザインを得意とする成瀬・猪熊建築設計事務所が、これまでにない共有のあり方を探求した実験的空間。広々とした共用スペースには、気軽に住人同士の交流が生まれるような配慮がなされています。

 

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その一つが、各住戸に水回りが揃っているにもかかわらず、共用スペースにキッチンを備えたリビングダイニングを設けたこと。従来のシェアハウスの概念を覆し、共用スペースを「生活インフラの共有」ではなく、「生活の豊かさを拡張できる場」と位置付けています。
実際に、ここで住人同士が一緒に朝食を食べたり、作り置きした料理を共有したり、形だけでなく、本当の家族のような生活が実現しています。また渋谷の街を一望できるオープンテラスには菜園があり、住人同士で野菜を栽培し、収穫後は一緒に調理して食卓を囲んでいるそうです。

 

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生きた建築の根底にある「集合知」というあり方

 

「不揃いの調和」が形になった渋谷キャストの建築は、どのようにして生まれたのでしょうか。ここからは、その成り立ちを振り返りながら、「キャスティング」や「集合知」といった渋谷キャストの独自性をつくってきた考え方、それを元につくられた運営の仕組みに迫っていきます。

 

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「Share the Creative Life」。これは、渋谷キャストの構想段階で生まれた開発コンセプトです。
大型複合施設の設計では、一つの設計会社が手がける従来の手法が圧倒的にスムーズです。しかし、渋谷キャストの設計においては、「創造性をシェアする」という新しいコンセプトを体現した場をつくるために、王道の設計手法ではなく、クリエイターの集合知を生かした手法をあえて取り入れました。
こうした土台となるコンセプトメイキングなども、田中さんと当時co-labメンバーだったトーンアンドマター代表の広瀬郁さんとの協働によって進められており、まさに知が絡み合うことで生まれたアイデアと言えます。

 

「個人のクリエイターがプロジェクトの中核となる日本設計さんと併走し、お互いにアイデアを持ち寄ってディスカッションし、持ち帰ってまた次の案を出すということを繰り返しました。これが結果的に功を奏したのです」

 

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「不揃いの調和」というデザインコンセプトのもと、クリエイターが個々の創造性を発揮し、コラボレーションを起こしたことで、クリエイティブを誘発するような空間が生まれました。そのプロセスで重要になる「キャスティング」を手がけた田中さんが最も大事にした基準は、コラボレーションしやすい人かどうか。「才能があることはもちろんですが、コラボレーションを好み、この手法を面白がってくれそうなクリエイターに声をかけたことで、それぞれが自発的に意図を汲み取ってデザインを進めてくれました」と振り返ります。

 

とはいえ、関わる人が増えるとそれだけデザインの調整にも手間や時間がかかります。そんなマイナスの面を乗り越え、集合知によるデザイン手法をすんなり実現できたのはなぜか。それは、長年にわたりクライアントの課題をクリエイターの集合知によって解決してきた、田中さん率いるco-labの一貫したスタンスがあったからこそ。これまで田中さんは、「ものづくりをする上で、大企業と個人クリエイターがフラットに並走することが重要」という思いで活動を続けてきました。その思いを渋谷キャストの設計プロセスにそのまま反映することができたのです。

 

こうしたプロセスの背景にあったのは、かねてより田中さんが温め続けてきた「生きた建築をつくりたい」という想いでした。建築というのは建って完成するものではなく、街の風景をつくる一要素としてどうあるべきかを常に考えるべきもの。そのためにも、設計・開発から運営まで一貫して手がけることで開発時のコンセプトを運営時にも根付かせ、建築の理念を発信し続けることが重要であると考え、co-labで実践してきました。そのスタイルは渋谷キャストにも取り入れられ、田中さんは施設全般の運営にも開業時から携わっています。

 

「『生きた建築』に対して、自然素材を使い、通気性のよい建築物であることを指す設計者は少なくありません。しかし、それは完成形ではなく、運営者が魂を入れ続けないと『生きた建築』とは言えないものだと思っています」

 

運営においても、co-labによって培われた集合知が生かされており、広場、多目的スペース、シェアオフィス、コミュニティカフェ、コレクティブハウスなど各用途の運営事業者から、「有志」が集まったチームを編成。月一回の定例会STAGEで、イベントを企画したり、情報発信の方法を検討したりと施設のインナーブランディングや街を活性化するためのエリアマネジメントをオーナーとともに行っています。これが業務の一環ではなく、有志によって自発的に行われているところが特徴的です。こうした運営手法によって、施設内に小さな村のようなコミュニティができ、そこから生まれたクリエイティブを街に還元しています。人々の愛着や息遣いが感じられる「生きた建築」の根底には、多用途が連携した運営の仕組みがあるのです。

 

「従来の大型複合施設にあるのは、ディベロッパーがつくってテナントに貸すという不動産の機能だけでした。私たちのような民間事業者が立ち上げから運営まで一気通貫して関わり、さらに入居者や入居テナントを巻き込んで、アイデアを出し合いながら、街にアウトプットしていくという運営手法をとっているケースは、極めて稀だと思います。これは沿線エリアの活性化を使命とする東急さんの寛容な社風がベースにあることも大きいですね」

 

 


都市開発にクリエイティブが求められる時代へ

 

「生きた建築」として、施設ひいては街について常に考え続け、独自に取り組む渋谷キャストは、都市開発の手法における特別な事例としても注目を集めつつあります。

 

そんな渋谷キャスト発の取り組みとして、2019年に始まったのが、都市開発に関わるディベロッパーとクリエイターが未来の都市ビジョンを構想するトークシリーズ「URBAN VISIONARY」です。これは、「街の将来のために個々の開発事業を横断した共有と共創の場が必要ではないか」というライゾマティクス・齋藤精一さんの投げかけをco-labが企画としてプロジェクト化したことが発端となりました。競合関係にある大手ディベロッパー4社とクリエイターが横並びになって議論する場をつくることができたのは、「不揃いの調和」を体現する渋谷キャストの存在価値と言えるでしょう。

 

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「開発段階から問題意識の高いクリエイターが関わり、都市開発の課題を拾うことができたからこそ、渋谷キャストでこの企画が実現できました。これは偶然ではありますが、必然でもあるなと思っていて。コロナの影響で、ボトムアップ型の街づくりがさらに求められるようになった今、渋谷キャストの考え方が、都市開発における一つのモデルケースとして全国に広まってほしいと思っています」

 

都市開発を建物と捉えると、渋谷キャストは施設全体で一つの方向性を持って個性を生かしながら運営しています。そこに多様な人の営みがあり、建築が生きている様は、まさに都市の未来のあるべき姿と言えるかもしれません。

 

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