SHIBUYA CAST./渋谷キャスト

JOURNAL

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PEOPLE
2022/05/27
CAST People#17

「いち住民」としてどこまで街を楽しめるのか。
地道に関わり続けていたら渋谷がふるさとになっていた

Cift メンバー / シンガーソングライター 横沢ローラさん
「いち住民」としてどこまで街を楽しめるのか。 地道に関わり続けていたら渋谷がふるさとになっていた

渋谷キャスト13階にあるコレクティブフロアでは、「家族のあり方」をめぐる社会実験に取り組むクリエイターのコミュニティ「Cift」のメンバーが共同生活を送っています。
Ciftというコミュニティをもっとオープンなものにしようと、Ciftの中と外をつなぐ橋渡し役を担ってきたのが、Ciftのメンバーであり、シンガーソングライターの横沢ローラさんです。 2018年にCiftの一員として13階で暮らし始めてから、渋谷の“いち住民”として街のためにできることを考え、施設内外の人たちを巻き込みながら、顔が見えるコミュニティづくりに挑戦してきました。 人の温かさを感じにくい大都会で、持ち前のオープンマインドと創意工夫で人と街をつなげてきたローラさん。その取り組みを支えるモチベーションはどこにあるのでしょうか。これまでの活動の軌跡と、活動を通して生まれた渋谷への思いについて聞いてみました。

 

【プロフィール】
横沢ローラ
物語を歌うシンガーソングライター。シロツメクサとカエルの恋物語や、世界一の男と結婚したい蚊の話など、オリジナリティ溢れるユニークな楽曲制作のほか、その曲の世界を形にした飛び出す絵本CDや、絵、動画なども制作。さかいゆう氏らのコーラスや、しまじろうのwebムービーのほか、数百のCMソングにも参加。ギターの弾き語りで全国も回り、日本各地の土着文化、民話、寓話などからインスパイアされた曲と絵によって地域、文化、人をつなぎながら広めることをライフワークとする。


PHOTOGRAPHS BY Yuka IKENOYA(YUKAI)
TEXT BY Atsumi Nakazato

ふるさとへの憧れが音楽活動の原点


――これまでローラさんはギターの弾き語りで全国を旅するように回り、各地の土着文化や民話などからインスパイアされた「地域の曲」をたくさんつくってこられました。こうした活動はどんな思いから始めたのですか?

 

横沢:私は生まれも育ちも東京で、「ふるさと」と呼べる場所がないんです。友人のシンガーソングライターたちが、ふるさとのことを思ってつくった曲を聴くたびに、ふるさとっていいなと思うようになって。自分のふるさとがほしいという思いから、弾き語りで全国を回るようになったんです。そしたら、各地で知り合った人たちが、行くたびに「おかえり」って迎え入れてくれるようになって、ふるさとのような場所が全国にたくさんできました。

 

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横沢:いつもライブが終わった後は、地域の人たちと夜な夜な盛り上がっていろんな話をするんですが、そこで聞いた地域の寓話や民話をモチーフに地域の曲をつくり、その歌をまた別の地域に届けにいくことが、私の音楽活動の軸になっています。

 

――ふるさとへの憧れが音楽活動の原点にあるんですね。では、Ciftに入るきっかけは?

 

横沢:私がしてもらっているように、私も東京で全国の友達を「おかえり」って迎え入れたい、と思っても、そんなことを普通に実践すると途端に周りに迷惑がかかってしまう(笑)。Ciftに入る前に住んでいたアパートでは、年間50人くらいが出入りしていたら、大家さんに民泊を疑われて居づらくなってしまって。
そんな時、アメリカで知り合った友人で、Ciftのメンバーでもある大山貴子さんが「ご飯食べにおいで」と声をかけてくれて、初めてこの場所に来てみたんです。ちょうど渋谷キャストの開業1周年で、いろんな人が集まっていて、3日ぐらい居座ってみたら、Ciftのメンバーとどんどん出会って、「ここならたくさん人を呼んでも追い出されないよ」とみんなが言ってくれて。またタイミングよく、Cift唯一の防音室が翌々週に空くことを聞いたんです。でも家賃は20万以上で前に住んでいたアパートの2.5倍以上(笑)。絶対無理だと思ったんですが、周年祭のトークセッションにゲスト登壇し、Ciftのメンバーたちを前に「20万以上の家賃は払えないので入居を迷ってます」と言ったら、席に戻った瞬間にみんなが音楽の仕事を発注してくれて、ここは何なんだと思って(笑)。

 

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―― 人を気兼ねなく呼べる環境と音楽活動に不可欠な防音室、そしてメンバーたちのシェアマインド。ほしいものが完璧な形でそろっていた。

 

横沢:そう、それが20万円以上の家賃に対して覚悟が決められたきっかけだったんです。これまで、なんとか家賃のハードルを乗り越えてきたけど、やっぱり大変なのは変わらなくて。それで考えたのが、自分の部屋を「部室」にして、​​友人や知人も入れるオープンな「部活」を始めることでした。管理会社さんに企画書を提出して協議を繰り返し、Ciftのメンバーにも趣旨を説明して懸念点を指摘してもらって、発案から1年以上経った2021年9月に部員の募集を始めました。今は京都、浜松、沖縄、東京に7人の部員がいて、部員から毎月いただく部費を部室での活動費に充てています。やることは決めない、ルームシェアみたいな部活ですね。

 

―― この場所の可能性を最大限に生かす、実験的かつ合理的な取り組みですね。

 

横沢:部員にとっては渋谷キャストが東京の拠点になり、渋谷キャストにとっては部活を通してここがどんな場所なのかを知ってもらえるので、お互いにメリットがあると思うんです。部活のコンセプトは、何が生まれるかはわからない、「大人の青春はどういう形になるのか」を探る実験室。ここから何を発信できるのかは未知数だけど、コミュニティの拠点である渋谷キャストで何が起きているのかをのぞき見できる場所として、開いていきたいなと思っています。あくまで契約上は私一人なので、私の友達が私の部屋を訪ねてくる形ではあるのですが、「部室」って呼ぶ方がみんな楽しい。

 

 

 

クリエイターの挑戦を大企業が後押しする、稀有な場を盛り上げたい


―― 2020年から、ローラさんはCiftの窓口として二つの役割を担ってこられました。その一つ、「キャスト拠点担当」は、ご自身の提案から生まれたそうですね。これはどういう役割なのですか?

 

横沢:Ciftのメンバーは渋谷キャストの13階で共同生活を送っていますが、14階は家具付きのサービスアパートメント、15・16階は一般の賃貸住宅になっています。Cift以外の住民の方々にも「ここにCiftがあってよかった」と思ってもらいたい。そのためには、Ciftのメンバー自身が渋谷キャストの成り立ちを知り、Ciftの役割を認識することが大事だと思いました。そこで、新たにCiftに入ろうとする人に、Ciftのキャスト拠点について説明する役割を設けることを提案し、自ら立候補しました。
キャストの成り立ちからCiftのメンバーや上階に住んでいる人のこと、契約に関することなど、内容は多岐にわたりますが、“Ciftって自由にやっているように見えるかもしれないけど、実際は見た目以上に小さな頑張りの積み重ねなんだよ”と、きちんと説明する役割といえますね。

 

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横沢:やっぱり管理会社から何か注意されたりすると、負の感情が生まれるじゃないですか。でも、Ciftが目指すのは「世界平和」なので、反骨心を持たず、相手の立場に立って自分ごとにできるようにしたいなと思うんです。なにより、クリエイターの挑戦を大企業の東急さんが後押ししてくれる構図って本当にレアだと思うので、一緒にここを盛り上げていきたいという思いだけですね。

 

―― 役割のもう一つ、渋谷キャスト内の住民同士の「コミュニティ形成支援」についても教えてください。

 

横沢:東急ライフィアさんからの依頼を受けて、上の階に住む人たちを巻き込んで、渋谷キャストを楽しい場所にするためのイベントなどを行ってきました。上の階の方は、私たちのように日常的にコミュニケーションしたいとは限らない。だからこそ、13階にCiftというコミュニティが入っていることをやさしく受け止めてもらえるだけの情報を発信したいし、ここでイベントをしている時にちゃんと告知をして、上の階の方々にも参加できることが伝わったらいいなと思っていて。
最初に企画したのは「サイレントカフェ」というイベントです。「パーティだからおいで」というとみんな来にくいだろうと思ったので、共用のリビングにコーヒーやお茶を用意して、それぞれ静かに自分の時間を過ごしてもらうようにしました。18時から22時まで私語を禁止にしたんですが、22時になった瞬間にみんな堰を切ったように喋り出して、部屋にいたメンバーも「何やってたの?」と気になって集まってきたんです。こういう感じで、上の階の方々もふわっと入れるような場を提供して、お互いの顔が見えるようにすることで、結果的にここにいてよかったと思ってもらえたらいいなと思っています。

 

その後はコロナの感染拡大でリアルで集まるイベントができなくなったので、ロビーでシェアマーケットをやったり、Ciftのメンバーが制作した竹あかりの装飾を飾ったり、人の空気が感じられることを続けてきました。昨年のクリスマスのイベントでは、全戸に案内チラシをポスティングして、上の階の方の招待席をつくったりして。
まだ成果が目に見えたわけではないけれど、私たちCiftが何者なのかを知ってもらうためにも、「いつでもどうぞ」とドアは開いておきたいですね。

 

―― コミュニティづくりにオープンなマインドは欠かせないものです。ローラさんのオープンマインドはどのように磨かれていったのですか?

 

横沢:うちの親は真逆で、絶対家に人を呼ばないようなタイプで(笑)。みんなで集まったりシェアしたりすることに憧れがあったと思うんです。中学3年生でアメリカのホストファミリーの家に滞在した時に初めてシェアを経験したんですが、そこで食べ物や持ち物をみんなでシェアすると幸福度が高くなることに気づいて。そこからは家族や単身で住むことの意義を見出せなくなって、シェア生活を続けてきたような感じです。
ところが、Ciftに入ると、私のシェアマインドを超える人たちがいっぱいいて。洗濯乾燥機を誰でも使えるように提供してくれたり、誰でも使えるオープンな部屋があったりと、びっくりが多すぎて、Ciftに入って自分の中のシェアの範囲が一旦壊れたんです。やっぱり周りの人たちが開き出すと、みんなどんどん開き始めるのかもしれない。いったん損得を捨てると、無限につながっていくなと思うことはよくありますね。

 

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渋谷は「人と街の小さな接点」が集まってできている


―― 2020年には、渋谷からオリジナルのクリスマスソングを届ける「Shibuya Christmas Carols」という企画もスタートされました。なぜこの企画に取り組もうと思ったのですか?

 

横沢:渋谷ってハロウインとかクリスマスには、全国から人が集まってパーティーするような街ですよね。でも2020年の4月、1回目の緊急事態宣言の期間中、渋谷から人がいなくなってしまって。その時に、やりたいなとふと思ったんです。今までは渋谷に人が集まっていたけど、みんなが来れないなら、渋谷からみんなにクリスマスプレゼントを届けたいというのが企画の発端でした。
渋谷の街からみんなの家に届けるプレゼントには、渋谷を拠点とする人たちの思いをのせたいと思ったので、渋谷に住む人や働く人、渋谷で活動する人などにインタビューして、そこから得た渋谷のイメージをもとに、1年目は5曲、2年目は2曲、合計7曲のクリスマスソングをつくりました。この活動を渋谷に根付かせるためにも、5年は続けたいなと思っています。

 

 

 

 

―― どんな人たちにインタビューをしたのですか?

 

横沢:1年目の2020年は、Ciftメンバーで渋谷区議会議員の神園まちこさんに、「渋谷といえば、という人を教えてください」とお願いして、紹介してもらったのが、同じ区議会議員で渋谷出身の伊藤たけしさんでした。まずは伊藤さんから始まり、伊藤さんが主催する市民音楽祭「渋谷ズンチャカ!」を一緒に盛り上げている企業の方、あとは道玄坂商店街や観光協会、キャットストリートのお店の方々、25年間渋谷の街に関わっている東急の社員さんなど、合計40人くらいに、渋谷ってどんな場所なのか、その人と渋谷の関係性などを聞きました。
そして2年目は、もっと渋谷キャストに近い方々にお話を聞きたいなと思って、キャストの運営に関わる方々を中心とした、40人近くにインタビューしました。

 

―― 2年で80人!渋谷に関わるみなさんはこの街をどう捉えていましたか?

 

横沢:面白かったのは、「渋谷、好きです!渋谷は自分の街!」という前のめりなテンションで答えた人が特にいなかったということ。
ただ道玄坂商店街の大西賢治さんからは渋谷に対する愛着を感じたり、渋谷で生まれ育っている渋谷区議会議員の伊藤たけしさんのお話からは「ふるさと」としての認識を感じました。伊藤さんは出張先から戻り、スクランブル交差点に来ると「帰ってきた」と思うんですって。そんなわけないって思うじゃないですか(笑)。でも、私も交差点の喧騒で「ああ、帰ってきた」って思うことは何度かあったんです。大都会なので人の温かさを感じることって少ないんですが、やっぱり住んでいると、自分の魂みたいなものが渋谷の街とくっつくような瞬間があるんですよね。

 

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―― 渋谷が「ふるさと」になっている。

 

横沢:そうなんです。インタビューを続けていくと、そんな私の経験と同じように、みんなそれぞれに渋谷との小さな接点があることに気がつきました。他の地域だとみんなもっと熱いし、「この商店街を盛り上げるんだ、オレの街!」みたいな感じですけど(笑)、渋谷はそうじゃない。小さいながらも一人ひとりの拠り所があって、それらがわっと集まって街ができているんですよね。あまり人が住むイメージが持てないし、自分ごとにしづらい街だなと思うんですけど、1年目のインタビューを通して浮かび上がってきた共通の言葉が、「ホーム」だったんです。

 

―― それは意外ですね。好きにはなれない一方で、特別な場所ではあるのかも。

 

横沢:「渋谷はホームみたいなものですよ」という言葉が出てきたり、「ここから自分の事業が始まった」という人も多かったですね。その一方で、私は渋谷に住んで5年目になりますが、これくらいしつこく地域と関わることで、ようやくホーム感が出てきたんですけど、それくらいしないと「自分の家」という感覚を持てない街だなとも思っていて。街の移り変わりのスピードが早く、拠り所にしにくかったりする中で、それぞれが自分の居場所をつくっている。そんな渋谷が私のふるさとなんだなと、最近になってようやく思えるようになりました。

 

―― 「人と街の小さな接点」から成り立っている渋谷の街に、どんな可能性を感じますか?

 

横沢:渋谷には自分ごとにできる隙間がいっぱいあって、そこにみんなちょっとだけくっつきながらふわふわ浮いている。それは新しいことを受け入れてくれて、ちょっとルール違反なことでも許容してくれるからこそだと思うんです。出る杭が打たれない街の空気にポテンシャルを感じています。

 

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―― 楽曲制作にも渋谷の人たちが関わっているんですよね。

 

横沢:渋谷教育学園渋谷中学高等学校の合唱部の生徒さんをはじめ、Ciftのメンバーや上の階に住む子どもたちもコーラスに参加してくれました。12月中キャストの広場でずっと曲を流してくれていたので、コーラスに参加してくれた子どもたちのご家族が聞いて、「うちの子の声だ!」と喜んでくださったり。渋谷の人たちとつくった地域の曲として、もっと認知を広げていきたいなと思っています。

 

画像コーラスに参加した渋渋の学生とローラさん。

思わずスキップしたくなるような、ホリデーの雰囲気にぴったりの曲に仕上がりました。

 


―― 渋谷キャストの広場で無料ライブ「Shibuya Christmas Carols LIVE!」も開催されました。これからも街公認の取り組みとして定着していきそうです。

 

横沢:渋谷キャストではなく、“渋谷のクリスマスソング”なので、今年は渋谷キャスト周辺を飛び出して、渋谷区全域に活動の範囲を広げていきたいですね。もちろん、渋谷に関わる人たちへのインタビューも続けていきますよ。

 

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画像2021年の冬季イベント「WINTER CAST.」で開催された「Shibuya Christmas Carols LIVE!」。

渋谷の人の想いがつまった楽曲を生演奏し、街ゆく人々に届けました。

 


―― この企画は、全国を回りながら地域の曲をつくってきたローラさんのライフワークと通じるところがありますね。

 

横沢:まさにそうですね。ふるさとと呼べる場所を求めて、弾き語りをしながら全国を旅してきましたが、自分が住む渋谷でも街を盛り上げようとする人たちと一緒に何かをやりたい、という思いが、この企画の原点にあると思います。

 

 

 

渋谷で「ビル愛」を持つ人をつなげていきたい


―― 2021年度でCiftの窓口として担ってきた役割を次のメンバーに引き継ぎ、今後は東急ライフィアと個人で契約を結び、コミュニティ形成支援の活動を続けていくそうですね。

 

横沢:これまでの役割からは外れることになりますが、自分が住む渋谷を盛り上げたいという思いで拠点担当になってから、私自身の根本的な考え方は何も変わっていなくて。クリエイターの拠点を大企業がサポートしてくれる構図ってなかなか世の中にないし、私はCiftに入るときも「渋谷キャストの拠点だから関わりたい」と思ったんです。今後はCiftの一員ではなく、個人としてコミュニティづくりに関わるようになり、より自由度が広がるので、ルールぎりぎりまで攻められるようになるなと思っています(笑)。

 

―― 以前にも増して、活動の幅は広がりそうです。

 

横沢:渋谷キャストにはさまざまな組織が関わっていますが、結局行き着くのは「人」だと思うんですよね。もちろんCiftというコミュニティも大事ですが、これからは個人としてつながっていくことが大事なんじゃないかなと思っていて。顔が見える関係性をつくっていくことで、お互いの思いや背景を想像できるようになり、もっと楽しい企画が実現できるようになるんじゃないかな。

 

―― 渋谷の街で、これから新たにやってみたいことはありますか?

 

横沢:渋谷キャストの中の人たちは顔が見えてきたので、MIYASHITA PARKとか渋谷PARCOとかTRUNK HOTELとか、渋谷のあちこちにあるビル同士をつなげることをやってみたいなと思っています。渋谷には、私みたいに自分が関わるビルを愛しちゃっている人がたくさんいると思うんですよ(笑)。そんなビル愛を持つ人同士がつながっていけたらいいなって。
もちろん、仕事としてビルに関わっている方がほとんどだと思うんですが、私のような“いち住民”が楽しんで騒いでいたらどんどんつながっていくみたいな、草の根のコミュニティづくりをやっていきたいですね。

 

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